打たれてもいい、負けさえしなければ

長くリリーバーという役割を務めていると、当然、救援に失敗することもある。僕の感覚でいうと、相手と斬り合って、自分が斬られてしまうケースである。

そういうとき、僕はつくづく投手とは因果な商売だと思った。たとえ自分が斬られてしまっても、その後も試合は続くのである。

しかも、もちろん試合放棄などできないし、マウンド上の投手は監督が審判に交代を告げないかぎり、マウンドから降りることは許されない。試合を終わらせたければ、斬られても立ち上がり、再び刀を手に取って斬り合いを挑み、相手を倒さなければならないのである。

僕がマウンドに上がるときは、「斬られさえしなければいい」という感覚だった。「負けなければいい」ということである。

マウンドに転がっている野球ボール
写真=iStock.com/CHUYN
※写真はイメージです

理想とする展開は「無形」

たとえば、2点をリードした9回裏、ツーアウトながら一、二塁に走者がいて、相手打線の3番打者を打席に迎えるとする。

もし、僕が3番打者を苦手にしていて、4番打者であっても抑える自信があれば、あえて四球を与えることに躊躇ちゅうちょはない。

僕がマウンドに上がるときは、いつも満塁の場面まで想定していた。いくら出塁を許しても、ホームベースさえ踏ませなければいい。リリーバーの仕事とは、打たれないように抑えることではなく、負けないことなのである。

意外に思われるかもしれないが、僕はどういう局面においても三者三振に抑えることを理想と考えていたわけではなかった。

僕の野球観に理想とする展開があるとすれば、それはおそらく「無形」である。めざすべきはリスクが少しでも低い展開であって、それはそのときどきの状況によって異なる。必ずしも、三振を奪いにいくことだけが最上の策ではない。

【関連記事】
「デビュー戦から三連敗」頭を抱えた田中将大を変えた野村克也のシンプルな一言
「王さんとパパ、どっちが偉いの?」息子にこう聞かれて野村克也はどう答えたか
「今日ダメなら、おまえはトレードかクビだ」野村克也がそうボヤいた本当の理由
EXILEのトレーナーが「やる気が出ないときは尻を鍛えろ」と断言するワケ
「仕事やお金を失ってもやめられない」性欲の強さと関係なく発症する"セックス依存症"の怖さ