「花 開くとき 蝶来たり」
この経験が、片山さんに次の道を拓いた。前述したように、リンゴの行商だけなら、本気でやれば月に10日働くだけで生きていける。残りの日に、自分が好きな作家やアーティストの作品を無償で行商しようとひらめいたのだ。
なぜ、無償なのか。すでにリンゴを売って十分に稼いでいるという理由とともに、片山さんが「本物」と認めた人たちの追い風になることで、その人たちに心置きなく新しい作品を生み出してほしい、その作品が見たいという想いがある。それはきっと、コンサートスタッフ時代に、舞台の袖で鳥肌が立つような芝居や演技をただ無心で見たことも影響しているだろう。
さらに、まったく異分野の自分が作品を行商することで、それが巡り巡ってどんなことが起きるのかを観察したいという想いもある。路上でリンゴを売っていると、ドラマか映画のような出来事に、時折、遭遇する。それが、リンゴ以外のものでも起きたら、どうなるのか。
作品を行商する話はすでに動き出しており、間もなく始動する。片山さんは、ジャズピアニストを辞めて、リンゴの行商で生きていくと決めた時の心境を、こう語っていた。
「リンゴ売りってアングラなんで、なにかもっとやりたいなみたいな気持ちもありました。でも、ジャズピアニストを辞めると決めた時に、俺はここ(リンゴ売り)から動かん、ここを掘っていけば、『花 開くとき 蝶来たり』(良寛の詩)のように、花が咲けば必ず蝶は来る、だから自分の花を咲かすことに集中しようと思ったんです。咲かなかったらそれまでやし、もうかまわんって」
19歳の時から19年、リンゴの行商を突き詰めてきたことで、花が咲いた。今、その花をめがけて、蝶が飛んできているように感じる。その蝶は、花粉をどこに運んでいくのだろうか。