ゼロからの東京進出

2011年3月、東京・三鷹支店オープン。大阪から連れてきたひとりのスタッフとふたりで売り上げゼロから始めて、3年間で再び月商1000万円、年商1億2000万円の店に近づけた。

そのタイミングでスタッフに三鷹店を任せ、2016年、また縁もゆかりもなかった世田谷区の千歳船橋に、店を開いた。世田谷支店のレギュラースタッフは13、14人と、大阪時代の半数に満たないが、こちらも今現在、月商1000万円弱までもってきた。

片山さんはムカイ林檎店の社員ではなく、リンゴ販売の委託者。フリーランスのリンゴ売りがいたとして、片山さんはムカイ林檎店と契約し、店を任されているイメージだ。その店の運営やスタッフの管理もあって週に5日はお店に出ているが、「本来なら、1カ月の間に10日働ければ暮らしていける」と語る。

「僕は行商に出るとだいたい1日10万~15万円売り上げるので、10日だと100万~150万円になります。その4割が収入。そこに店長としての給料も入るので、10日しっかり働ければ充分なんです」

リンゴを手にお客さんと話す片山さん
撮影=川内イオ
売り場の前で、お客さんと話す。

片山さんのリンゴの売り方は、豪快だ。

「今日はめっちゃ売るとなったら、お客さんに言います。今日はこれだけ売りたいから、全部買ってくれませんかって。そしたら、『こんなにいらんわ』ってなりますよね。そこで、『ひと箱だけどうですか?』と聞く。すると、『まあいいよ』と言って、ひと箱買ってくれることもあります」

ひと箱には、リンゴが60個入っている。それを通りがかりの人が買って帰るのだ。

町なかにある企業のオフィスに、突撃訪問することもある。呼び鈴を鳴らし、扉を開けてもらったら「すいません、仕事中に。そこで、青森のリンゴ売ってて」と売り込むのだ。そこで、クスっと笑う人がいたらチャンス到来。

「今笑ってくれた人、みんな来てほしいんですけど」
「今、仕事中だから」
「いや、僕も今しかないんです。誰かリンゴが好きな人いませんか?」
「……佐藤さん(仮)、好きなんじゃないの?」
「じゃあ、佐藤さん、ちょっと来て!」

どんな人、どんな言葉にも対応できる、まさにジャズのような柔軟な掛け合いが片山さんの真骨頂で、多い日には30万円も売り上げる。

住宅街の道路で片山さんのバンを囲むお客さんたち
撮影=川内イオ
まったく人がいなかった住宅街で、片山さんの周りに人が集まる。

「リンゴ売りにニーズはいらない」

どこで売るのかは、その日の気分。「ここの場所はよく売れる」「ここにはリピーターがたくさんいる」というマーケティングデータのようなものは、一切、気にしない。「本当の音」を聞くためには、誰も自分のことを知らない場所がいい。

ビジネスでは「ニーズ」が重視されるが、片山さんは「リンゴ売りにニーズはいらない」という。片山さんの行商を見ていると、「リンゴは好きじゃない」「ちょうど今、家にリンゴがいっぱいある」という人たちが、次々とリンゴを買って帰る。それはもはやリンゴが欲しいわけではなく、今この瞬間に初めて会った片山さんとの掛け合いに、投げ銭しているようにも見える。