「B」なのか「13」なのか、人はどう見わけて判断するのか
【岩澤】一方、次の問題はどうでしょうか(図表4)。
【岩澤】今度は「この真ん中の字はなんでしょう」と聞かれても、あっという間に答えることができますよね。言うまでもなく「B」です。図表3の字を読むのは難しい仕事、「システム2」を使う仕事だったわけですが、同じ字を読む仕事が今度は一気に簡単になって「システム1」で対応することができるようになったわけです。
この仕事を簡単なものにしたのは、図表4で「B」の前にある「A」や、その後にある「C」ですよね。この「A」や「C」のことを「コンテクスト(前後関係、文脈)」と呼びます。「コンテクスト」が与えられると、人間はより容易に、直感的に物事を理解できるようになるようです。名商大ビジネススクールがケースメソッドを重視するのは、ストーリーのあるケースで議論すると、ビジネスの知恵を学びやすくなるからなのです。
もっとも、こうした「コンテクスト依存の理解」には怪しい面もあります。図表5を見てみましょう。
今度は真ん中の字は「13」ですよね。図表5の真ん中の字と全く同じ字であるのにもかかわらず、コンテクストが与えられた瞬間、我々はそれを違った字と認識するわけです。このケースではこの認識は適切なものであり、我々に素早くそうした認識をもたらす「システム1」は便利で有用なものなのですが、一方でこの事例は、コンテクストの与え方によってヒトの認識を意図的に操作することが可能になってしまうということを示唆します。
こうした問題については、あとでビジネスの文脈の中で考えることにしましょう(※9)。
ヒューリスティクスは便利だが、とんでもない間違いをする
ここで「ヒューリスティクス(簡便法)」という言葉を紹介しておきます。
ヒューリスティクスというのは、「問題を解決したり、不確実な事柄に対して判断を下したりする必要があるけれども、そのための明確な手掛かりがない場合に用いる、便宜的あるいは発見的な方法」のことです。
たとえば今、外に出たら遠くの空が黒い雲に覆われていたとします。そうしたら、気象予報士でなくても、ほとんどの人は「雨が降りそうだ」、と思いますよね。これがヒューリスティクスです。
ヒューリスティクスはシステム1の働きですが、とても便利なもので、我々も日常的に使っています。実際、我々の日常生活では、意思決定のほとんどがヒューリスティクスによりなされています。たとえば朝起きてすぐ、歯を磨くべきかトイレに行くべきか、ほとんど何も考えずに、瞬時にどちらかを選択しますよね。これはヒューリスティクスが「ここはやはりトイレでしょう」と教えてくれるわけです(笑)。便利ですね。
一方、「アルゴリズム」というのは「手順を踏めば厳密な解が得られる方法」のことで、この手順を考えるにはシステム2を動かす必要があります。
しかし我々の日常生活においては、アルゴリズムのような厳密な手続きに従って判断を下す余裕が常にあるわけではありませんよね。より素早く、大きな労力も必要とせずに答えを出すことができるヒューリスティクスは、なかなか素晴らしいものなのです。
しかしヒューリスティクスにはマイナス面もあります。ヒューリスティクスは完全な解法ではありませんので、時にはとんでもない間違いを生み出すこともあるわけです。
ここからは皆さんのヒューリスティクス、システム1がどのように間違いを犯すのか、それをいくつかのクイズを通じて体験していただきたいと思います。
以下、後編へ続く。
※1 「脳の二重過程」の議論についてはKahneman(2011)を参照。
※2 Kahneman(2003)Figure1を簡略化。
※3 「システム1」、「システム2」という名称はStanovich and West(2000)からカーネマンが借用したとされるが、Kahneman(2011)により人口に膾炙する用語となった。
※4 Kahneman(2003)
※5 ディープラーニング(深層学習)の活用により、AIはこの点で飛躍的な向上を果たした(Markoff2012)。
※6 Kahneman(2003)
※7 Kahneman(2003)
※8 Kahneman(2003)
※9 たとえば広告の主要な役割のひとつはこのような認識操作にあると言ってよいだろう。特に本章第4講のセイリアンスに関する議論を参照。