効率や生産性では測れない大切なもの
「また食べたい」と思ったら、気軽に立ち寄れるお店でありたい。そう考えている森さんは、できる限り店頭にも立つ。
その時は、お客さんに対していらっしゃいませ、ありがとうございました、というお決まりの接客ではなく、「こんにちは」の挨拶から始まり、帰り際には「お気をつけて」と声をかける。この言葉遣いも、お客さんとの距離感を大切にする気持ちの表れだ。
森さんは、お店に来るお客さんとよく話をする。時には、森さんと話をして、おはぎを買わずに帰るお客さんもいる。店先で、プライベートのディープな相談をされたこともある。森さんは、それが嬉しいという。
効率とか生産性を考えれば無駄と切り捨てられそうな時間だが、そうすることでたくさんのお客さんと顔見知りになり、仲良くなった。
森さんがお客さんとの雑談で「銀行で両替すると手数料がかかる」と話したら、それ以来、自宅で貯めた1円玉をどっさりとビニール袋に入れて、定期的に持ってきてくれるおばあさんがふたり(!)もいるそうだ(そのうちのひとりが最近亡くなってしまったと、森さんは悲しそうにしていた)。
この話を聞いた時、僕は昭和の下町を描いた映画『ALWAYS 三丁目の夕日』を思い出し、「今の時代にそんなお店があるのか!」と驚いた。
「日常に溶け込んだ」1日に3000個のおはぎが売れる店
そして、ハッとした。
森さんのおはぎは、確かにかわいらしく、なによりおいしい。それが人気の理由だと思い込んでいたのだけど、流行り廃りがジェットコースターのようにスピーディーな現代、話題になった商品はすぐにコピーされ、消費され、いつの間にか忘れ去られていく(パンケーキブームはどこへいった? タピオカの行く末は?)。
かわいくて、おいしいだけなら、すぐに飽きられてしまったに違いない。森のおはぎはきっと、たくさんのお客さんたちの「日常」に溶け込んでいるのだ。
ふとした瞬間に「また食べたいなあ」と思い出したり、近所を通りかかった時に「あ、ちょっと寄っていこうかな」と思われる存在なのだろう。
毎年、お彼岸になると長蛇の列ができるという。
昨年のお彼岸も、1日で3000個のおはぎが売れていった。森さんはその日もスタッフとお喋りを楽しみながらおはぎを握り、店頭に立って、こんにちは、お気をつけて、と言い続けた。