※本稿は、柳澤健『2016年の週刊文春』(光文社)の序章「編集長への処分」を再編集したものです。
編集長の仕事とは、億のカネを使って大バクチを打つこと
「はい、校了しました。お疲れさま」
新谷学編集長が、最後まで待機していた記者と担当デスクに声をかけた。
『週刊文春』二〇一五年一〇月一五日号の編集作業が完了したのだ。
校了とは、ゲラと呼ばれる校正刷りが編集部の手を離れて印刷所に回ることを意味する。
記者が書いた原稿に、担当デスクが手を入れてゲラにする。ゲラを校閲部に回し、文字の間違いや事実関係の誤りがないかをチェックする。訴訟沙汰になりそうな記事は、法務部を通じて顧問弁護士に確認してもらう。
すべてのチェックが終わったゲラを最終的に編集長が確認し、校了の判断をする。
株式会社文藝春秋が発行する『週刊文春』の発行部数は約六七万部(二〇一五年下半期。日本ABC協会調べ)。一般誌ではトップの数字である。
一八〇ページ前後の雑誌を七〇万部近く印刷するから、校了は数回に分かれる。発売日は木曜日で、最終校了は火曜日の夜八時から九時の間。直後から、凸版印刷は夜を徹して印刷と製本を行う。水曜日昼前に編集部に見本が届く頃には、すでに雑誌を満載した何台ものトラックが印刷所を出発している。
このようなプロセスを経て、書店やコンビニエンスストア、駅の売店での全国一斉発売(北海道と九州は金曜日)が初めて可能となるのだ。
週刊誌には巨額の経費がかかる。紙代、印刷代、デザイン費、輸送費、取次(雑誌・書籍の問屋にあたる)や書店への支払い、宣伝広告費、原稿料、編集部および校閲部、営業部、広告部など社員の人件費、取材経費、交通費、残業時の食事代まで、すべてひっくるめて一号あたり約一億円といわれる。
『週刊文春』編集長の仕事とは、毎週毎週、億のカネを使って大バクチを打つことなのだ。
(中略)
社内で「編集長」と呼ばれることは決してない
社員持株会社である文藝春秋には、新潮社の佐藤一族や講談社の野間一族、小学館の相賀一族のようなオーナーはいない。
二〇一五年当時の社長は松井清人だが、新入社員さえ「社長」とは呼ばず、「松井さん」と呼ぶ。同様に、新谷学が社内で「編集長」と呼ばれることも決してない。トップから新入社員に至るまで、誰もが自分の会社だと思っているから、夜遅くまでワイワイガヤガヤやっている。一年三六五日、学園祭をやっているようなノリが文春にはある。
新谷学は、そんな明るい空気を胸いっぱいに吸い込んで育った。