水面下で始まっている資本逃避
ところが実際はどうか。図表5はわが国の経常収支の推移をみたものだ。製造業の高い国際競争力を背景に、貿易収支で黒字の大半を稼ぎ出していたかつてとは状況が一変していることは一目瞭然だろう。経常収支黒字の大半は第一次所得収支の黒字によるもので、これは企業が海外に展開した現地子会社からの収益や、個人が海外資産に投資した収益を国内に還流させたものだ。
国内で急激な人口減少が進むのと同時に、日本の財政運営と中央銀行が大きなリスクを抱えたままで、一向にその解決を目指す姿勢が窺われないことから、企業や個人、おそらく高齢の富裕層による事実上の資本逃避がすでに始まりつつあることを、この第一次所得収支の大幅黒字継続は示している。
円安がいわば“臨界点”を超えて進展したとき、国内からの資金流出が加速し、日銀は金利を思うように引き上げられず、資本移動規制に追い込まれるだろう。それは海外でビジネスをしている日本企業にとって、死活問題となる。
ちなみに図表6は、アイスランドと同じく資本移動規制に追い込まれたギリシャにおいて2015~18年の間に採られた措置の詳細をみたものだ。企業はその最初の2カ月間においては、海外への送金は当局の認可を受けたうえで、1日当たりわずか10万ユーロ(1ユーロ=125円として換算すれば1250万円相当)までしかできなかった。その後も国外の顧客1先、1営業日当たり35万ユーロ(同4375万円相当)超の海外送金には当局の認可を要するほか、それ未満の送金の場合にも銀行ごとに週当たりの上限が設けられ、自由な海外送金は不可能な状態にあった。これではとても海外市場相手のまともなビジネスなど成り立たなくなることは自明だろう。そしてそれは私たちにとっても、国内での雇用の場が失われることを意味する。
またギリシャの場合は、国内債務調整の一環として資本移動規制と合わせ、国民の「預金の引き出し規制」が実施されていた。それは富裕層だろうと低所得層だろうと、1人1日当たり60ユーロ(同7500円相当)、1週当たり累積で420ユーロ(同52500円相当)までしか預金を下ろせない、という厳しいものであった。
こうした厳しい資本移動規制を余儀なくされた期間は、他のユーロ圏加盟国やIMFに支援融資をしてもらえたギリシャの場合で4年余り、EUに加盟していないゆえ、IMFにしか支援してもらえなかったアイスランドの場合で8年余りに達する。ではわが国の場合はどうか。4年や8年といった期間であれば、厳しくとも乗り切れるだろうか。