前掲図表1が示すように、こうした例は、アイスランドにとどまらない。キプロスやギリシャでも同様の事態が発生した。その原因は、①放漫財政や、②民間銀行の過剰なリスク負担だった。

「放漫財政+中銀の過剰なリスク負担」という組合せは歴史上初

これに対して日本では、アイスランド等の欧州の事例とはやや異なるが、まさに①放漫財政と、②中央銀行の過剰なリスク負担、という問題が一段と深刻になりつつある。国際的な資本移動が自由な開放経済の下で、民間銀行が過剰なリスク負担をした例は、バブル崩壊時のわが国を含めいくつも例がある一方、中央銀行が過剰なリスク負担をしてしまい、金融政策運営能力を事実上喪失するケースは、歴史的に見てもおそらく、他に例がないのではないか。

その行き着く先は、上述のようなアイスランド等の例と同じ「通貨の信認の喪失」という事態、言い換えれば「国内債務調整+資本移動規制」になるだろう。アイスランドの場合は、危機前の段階で中央銀行の財務運営は健全であったゆえ、曲がりなりにも政策金利を18%までは引き上げて、クローナの防衛を試みることができた。

日銀の場合はおそらく、それよりもずっと手前の、ごく低金利の水準でおそらく、政策金利の引き上げ不能、機動的な金融政策運営の遂行能力の欠如、という問題に直面させられることになるだろう。

「そんなことはない、わが国にはグロスベースで約1900兆円、ネットベースでも約1500兆円もの個人金融資産があるのだから、財政破綻などするはずがなく、大丈夫だ」と思われるかもしれない。その通りだ。

ただし、1200兆円を超える政府債務残高と1500兆円の個人金融資産が国内で併存している、ということは、“上の世代”が、本来あるべき税の負担から逃れ続けてきたことを意味する。その結果がこの巨額の政府債務残高なのだ。

このままの財政・金融政策運営が続き、いずれかの時点で完全に行き詰まったとき、この国の“後の世代”を守るために、“上の世代”が巨額の増税に応じるだろうか。とりわけ富裕層が国外に脱出することもなく、自分達の資産を税として国に差し出すだろうか。もしそれができるのであれば、この国の未来は開ける。