「10日後に死ぬ母」延命しない決断を下した50代娘は見殺しにしたのか

私はもっとわからなくなり、今度は自分の姑に尋ねてみた。

「母を見殺しにしたんじゃないかって……」

姑はこう言った。

「りんちゃん、死は苦しいものなんやて。『最期は安らかに旅立ちました』と人は言うかもしれんが、それは最期の瞬間の話。人は泣き叫びながら逝くことはできんでね。でも、そこに至るまでは、どんな死に方を辿ろうとも、苦しいものなんやて。誰もが、そうやって苦しみを通って、また別の世界に行く。それを遺されたものが思い煩う必要はないんやよ」

母が逝って3年。今も本当の意味での整理はついていない。

私は両親を看取った後で「人は死ぬのだ」と驚く大阿呆である。

「人の死」を知らなさ過ぎたのだ。にもかかわらず、いきなり介護のキーパーソンになってしまい、「終着駅」を前にして、余計に大混乱に陥ってしまったのだと思う。

ただ、両親の死は私に最後の教育を施してくれたのだろう。それは「人はこうやって老いて、死ぬのだ」ということに他ならない。

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