直球を投げると遠慮がなくなる

別に、難しいことではない。役職が上がるに連れて、いろいろと蓄積してきたはずだ。そんなノウハウや情報を部下たちに伝承し、相談に乗り、いい知恵を出す。それでこそ、上司だ。その結果、部下が自分以上の成果を出してくれれば、組織にも会社にも大きなプラスとなる。

それなのに、上に立つと、きちんと指示も出さず、書類に目を通して返すだけの姿が目立った。その地位ゆえに入る情報を全く下に流さず、それで部下より優位に立とうという無能・無益な管理職もいた。

もっと「風通しのよい会社」にしたい。強い思いから、2004年6月に社長に就任すると、若手幹部らとの直接対話を始めた。8つの営業部門に2つの技術部門、管理部門を加え、計11のグループごとに1カ月半に一度。部課長から担当役員まで全幹部を集め、十数人と昼食を含めて2時間、自由に意見を交わす。

40代のころの体験では、トップと現場の間にいろいろな人間が入ると、方針の伝達が遅れ、趣旨を間違って伝えることが多かった。部下が何か提案してきても、自分がやりたくないと、「社長は、あまり気乗りしていない」と止めてしまう人も、たくさん見た。でも、全幹部と直接話せば、方針が曲がって伝わることはない。それに、役員のチェックもできる。部下たちにきちんと話していない、あるいは報告を受けもしていない。そう感じたときは、後で部下たちに確かめている。

直接対話は週平均で2回弱。海外出張があれば、前後は週3~4回にも増える。そこまで力を入れるのは「これこそトップの仕事」と確信するからだ。その対話に「Can Doの会」と名付けた。「Can Do」とは、「やってもいい」「ぜひやろう」「なせばなる」などの意味を持つ。そこでは、よほどバカげたことを言わない限り、怒らない。だからか、課長たちは遠慮なく発言する。自分も愛妻おにぎりを頬張り、「あれ、やれよ」「これ、どうしてやらないんだ」などと、直球を投げてみる。キーボードを叩き、無言で内外とやりとりをする電子メールでは得られない充実感がある。

「用兵攻戦之本、在乎壱民」(用兵攻戦の本(もと)は、民を壱(いつ)にするにあり)――『荀子(じゅんし)』にある言葉だ。荀子は紀元前3世紀の中国の戦国時代に生き、「戦いで最も大切なことは、兵士や領民の思いを一つにしてとりかかることだ」と説いた。「Can Doの会」は、そんな一体感を育てている。船会社らしい自由闊達さが戻った、とも感じる。

いま、商船三井は870隻という世界最多の船舶数を運航し、国内業界で収益トップの座を保つ。だが、世界同時不況という予想を超えた嵐に遭遇した。でも、船会社が「風に立ち向かわない」では、困る。

4月下旬、2010年3月に1000隻、13年3月には1200隻としていた計画を、それぞれ900隻、1050隻に修正した。実は、これは、同時不況前から用意していた案だった。各営業部門に「もし、いま何かで計画がだめになったらこうする、と考えておけよ」と指示して、どの船は計画通りに造り、どの老朽化した船は処分するか、いつでも決められるようになっていた。

そんな意に反した「逆櫓作戦」でも、胸の内に隠してはおかず、「在乎壱民」のために伝えておく。まずは楽観主義。そのうえで、慎重さも持つ。そんなポジティブ思考も、全社で共有したい。それには「部下たちの教育」が欠かせない。だから、「やってみせ、言って聞かせて、させてみて」を、繰り返す。

(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)