四角い体形でガニ股歩きの兄貴の来襲

マー君につきまとう人物がもうひとりいた。実の父親である。父親はかつてマー君の弟と同居していたが、傍若無人な性格のせいで弟の家を追い出されて寿町へやってきた人物である。

重度の糖尿病を患って両足を切断し、車椅子に乗っていた。

「父親は、生活保護受給者であるマー君にお金をせびりに来るんです。でも、マー君には長男としてのプライドもあったんでしょう、足を切断すると足のお葬式をやるらしいんですけれど、父親が足を切断したとき足の葬儀代を一所懸命に工面していました」

心は弱かったが優しいところのあるマー君を、一緒に帳場で働いていたNという女性も清川も、憎むことができなかった。

「入院中の病衣やタオル代は保護費からは出ないので実費になるんですが、マー君は兄貴や父親にたかられていたので、本当にお金に困っていました。なのに、退院してくるときは絶対に手ぶらでは帰ってこなかった。姉さんたちが好きそうなものだからって、必ず何かお土産を買ってくる。それもできない時は、本当はいけないんだけど何かの役に立ててくれって、病院のタオルを持って帰ってくるんです」

兄貴の来襲には、Y荘の親衛隊が立ち向かった。兄貴は、「背が低く、四角い体形をした、虚勢を張りまくっている感じ」の人物で、組関係の人にありがちなガニ股歩きでいきなりY荘の玄関を入ってくると、

「会わせろー」

と騒ぐ。

すると、帳場の前にいる親衛隊が一斉に立ち上がって、通路をブロックした。しかし敵もさる者で、やがて親衛隊のいるY荘ではなく、マー君が入院するタイミングを見計らって、入院先の病院に押しかけるようになった。

寿町
筆者撮影

Nと清川は暇な時間ができると自転車に乗って入院先にマー君を見舞っていたのだが、兄貴の行状に困惑した病院はケースワーカー以外の面会を謝絶してしまい、清川は見舞いに行けなくなってしまった。そして清川の知らないうちに、マー君は別の病院に転院させられてしまったのである。清川は、転院先の病院名を教えてもらうことができなかった。

どんな事があってもめげずに力強い男になって

昨年の春、突然、マー君の弟が一通の手紙を携えてY荘に現れた。マー君は「Y荘の帳場さんに挨拶するように」と弟に言い残してある病院で亡くなったが、亡くなった後にこの手紙が見つかったという。清川が手紙の実物を見せてくれた。

Y荘 社長、姉さん、お兄ちゃん(清川の甥のこと)
社長は自分の体調も悪いのに、いつも気遣って頂き心よりお礼申し上げます。お体をお大事にしてください。
姉さん、自分のこと、親父や弟と姉さんは関係ない事までも手助けして頂き、時にはジョーダン言って元気づけてくれましたね。姉さんも体調悪いんですから、とにかく体が一番。大事にしてください。明るい姿の姉さんを見ていつも元気をもらいました。本当にありがとうございました。
お兄ちゃんは自分の息子と同じ年で、いつも自分の息子の事を思い出し、実の息子のように思い接して来ました。もう少し自分が元気だったらメシを食いに行けたのに、とても残念です。
お兄ちゃんは男なんだから、これから先Y荘をしっかり守り、いずれは結婚をし、子供も出来て自分の城を持つんだから、どんな事があってもめげずに力強い男になって下さい。いつも気にかけてくれてありがとう。一緒にメシを食いに行った事、二人でコーヒー飲みに行った事、とてもうれしく思います。
入院中の見舞い、ハグ、本当にありがとう。お兄ちゃんも親から頂いた命を大切に、くれぐれも体だけは大事にして下さい。
追伸
Y荘の皆様には大変ご迷惑をおかけし、大変申し訳ありませんでした。Y荘に住ませて頂いた事を心から感謝しています。