なぜ、寝たきりになる可能性が高い女性との結婚を決意したのか?

瀬戸さんは、看病の手がかりを知るべく、ハンチントン病の家族会に顔を出すなどして情報収集し、妻との「将来」を考えた。同棲している女性は難病を抱えている。しかも時間がたつほど症状は重くなる。明るいとはいえない未来が待ち受ける状況となったカップルの中には、同棲を解消し、さっさと別れを告げる者もいるに違いない。だが、瀬戸さんは違った。

「彼女に対する気持ちと不安を天秤にかけて、よく考えました。でも、病気を理由にして別れる気持ちにはなりませんでした。自分と彼女の立場を逆にして考えたときに、『自分ならこうしてほしい』と思うことを、可能な限り彼女に実践してあげたいと思ったのです」

瀬戸さんは、かかりつけ医に結婚をする意思を伝え、「妻の遺伝子検査をしたうえで、2人の人生を設計していきたい」と相談した。

運転中に手をつなぐふたり
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後日、2人で病院を訪れ、妻が採血を受けたあと、遺伝子カウンセリングを受診した。

遺伝子カウンセリングとは、遺伝疾患の発症や発症のリスクの医学的・心理学的影響、家族への影響を理解し、それに適応していくことを助けるプロセスだ。一方向的な情報提供や説得ではなく、対話形式によって、カウンセリングを受ける側が自律的に望ましい行動を選択できるよう、援助するコミュニケーション過程として考えられている。

「カウンセリングは、こちらが疑問に思ったことへの回答を優先する形で進められ、ハンチントン病に関しては、優性(現:顕性)遺伝するというお話で、子どもへの遺伝確率については、50%とのことでした。当時はまだ、暴力的になったり暴言を吐いたりする性格変化は妻には起こっておらず、私と同じ速度で自立歩行ができていたため、私は陰性の可能性も捨てていませんでした」

乗車中、ラジオで三木道山の曲が流れた際にプロポーズした

2005年9月、25歳になった2人は車で帰郷し、先に瀬戸さんの実家に到着すると、妻は長距離運転で疲れている瀬戸さんを気遣い、「自分で車を運転して父親の様子を見に行く」と言った。当時、妻はまだ日常的に買物などで車の運転をしていたため、瀬戸さんは特に不安に思わなかった。

しかし、瀬戸さんが「そろそろ実家に着いたかな?」と思った頃、携帯電話が鳴る。電話は妻からで、実家近くの信号のない交差点で、事故を起こしてしまったらしい。

幸い妻にけがはなく、車も走行に問題はなかったので、郷里にあった知人の自動車修理工場へ持ち込み、修理を依頼。帰郷最終日には修理を終え、2人は自宅への帰路に就く。

途中、休憩をはさみつつ、あと数分で自宅に着く頃、ラジオから三木道山の『Life time Respect』が流れてきた。「お前がボケたとしても最後まで介護するから心配ない、限りある人生、楽しい時間をお前と生きたい」という内容の歌詞が流れたとき、瀬戸さんは「自分もこの歌と同じつもりでいる」と妻に伝えてプロポーズをした。