バイデン「大統領は暴言妄言をばらまき、ヘイトに酸素を送り込んだ」
③憎しみではなく、愛が勝つ
きわめて自己愛の強いトランプ氏は、支持してくれる人には寛容だが、敵意を見せる人を絶対に許すことができず、徹底的に攻撃を仕掛ける。それが熱心な支持者には痛快だったわけだが、一部の共和党支持者に嫌悪感を与える結果ともなった。
暴言・虚言・妄言をばらまき、ヘイトをあおることで、自分の岩盤支持層を固めることには成功したが、結果的に、国の分断に拍車をかける結果となった。バイデン氏が徹底的に突いたのがそうした彼のやり方だ。「トランプはまるで悪の帝国を作り、アメリカという国をぶち壊そうとする暴君」という恐怖のイメージを人々の中に埋め込んだのだ。
「この大統領はヘイトに酸素を送り込み、地中の岩の間からヘイトを呼び起こす」といった言葉で、「邪悪な皇帝」への怒りと恐怖をあおり、「平和を求める戦士たち」の覚醒を試みた。
大統領選後に、民主党の面々をアメコミの「アベンジャーズ」のヒーローたちにたとえ、悪の帝王をやっつける動画が、拡散したが、まさに、バイデン氏が用意周到に描き出したのは、そういった古き良き、勧善懲悪のヒーローたちのストーリーだ。
「アメリカンヒーロー」ストーリーだけでは団結と威光を取り戻せない
その上で、憎しみを憐憫や慈悲で置き換えようとも呼びかけた。ディベートでは、新型コロナで家族を失った人たち、国境で親と引き離された移民の子供たちのことなどに触れたが、そういった人の持つ哀れみや愛を強調する場面では、カメラを見据えて、切々と訴えかけた。
「私、そして多くの人が『喪失』がどういったものかを知っている。愛する人を失ったとき、あなたの胸の中には深く黒い穴が広がっていく。そしてその中にのみ込まれるような感覚を覚えるのだ」
妻と長女を事故で、長男を病気で失ったバイデン氏だからこそのこの言葉は多くの人の心を揺さぶった。憎しみよりも、人間の持つ本能的な思いやりや愛が勝つのだ。そういった情緒的なメッセージに安心感を覚えた人は少なくなかった。
バイデン氏は「私は誇り高き民主党員として出馬したが、約束する。自分に投票をしてくれた人、そしてしてくれなかった人、万民のために、アメリカの大統領として統治することを」「国としての魂を復活させ、国を救う」と訴えたが、分断の壁を打ち破るのは、容易ではない。
そもそも、トランプを支持する人たちが無知蒙昧な民であるという認識に基づく「エリート思想」に対する反感がトランプ現象を引き起こした教訓を十分学ぶ必要もあるだろう。「友愛や希望」といったシンプルでオールドファンションな「アメリカンヒーロー」ストーリーだけで、その団結と威光を取り戻せるほど、生易しい事態ではないことは明らかだ。