成功する投資家は「損切りルール」を決めている
システム1のマネジメント
【岩澤】皆さんの発言から感じていただけたと思いますが、株式、あるいは投資信託のようなリスク資産の売買を行う投資家の行動にはシステム1の影響が色濃くみられます。それらを整理してみると、次のようになります(※5)。
※5 Odean(1998)、Karlsson and Lowenstein(2006)を参照。
投資家がある株式を買ったとして、その株式が買った値段よりも値上がりをした場合には、投資家は嬉しい気持ちになります。その嬉しい気持ちを味わうために、頻繁に値段を確認するようになります。そして利益が出ているうちに、それを確定させようとして、早めに売却しようというドライブが働く傾向があります。
一方、買った株式が値下がりした場合には、現在の値段を見ようとしなくなります。買った値段への拘りは強く、買った値段よりも下回る値段で売ることには、非常に強い抵抗感を感じます。そしてその結果、しばしばパフォーマンスの冴えない株式を延々と保有し続けることになりがちです。
こうした行動は、常に問題行動であるというわけではありませんが、投資の目的次第では非合理的な行動になります。たとえば、投資の目的が、長期にわたり預金金利を上回るリターンを得ることにあるのならば、利益が出ているからといって早めに利益を確定させてしまうのは合理的ではありません。また、投資の目的が短期的な値上がり期待の実現なのであれば、値下がりしている株式を延々と保有することは非合理的です。
早すぎる利益確定や、遅すぎる損失確定は、合理的に計算された行動ではなく、システム1という、我々の脳内に深く埋め込まれたものに動かされたものです。実際に投資を行っているとシステム1は否応なく立ち上がります。それを止めるのはなかなかできることではありません。
今、早すぎる利益確定や、遅すぎる損失確定が、自分の投資目的にそぐわない問題行動であるとします。その場合、こうした問題行動を回避するには、何をどのようにしたらよいでしょうか。何かアイデアがありますか?
【V】投資をしているときにシステム1が立ち上がることを防ぐことはできないとしても、自分の投資行動がそれに支配されてしまうのはなんとかできるような気がします。値動きだけをみていると心を奪われそうですが、自分の投資目的を確認するとか、トヨタ自動車の株価の動きの背景にある業績を分析するとかで、冷静になることができるのではないでしょうか。
【岩澤】システム1に自分の判断を支配されないように、システム2を使うように意識的に努力してみるっていうことですね。システム2を意識的に使用すると、システム1の働きは確かに抑制されるようです(※6)。これは確かに一案ですね。
※6 Soll et al.(2016)は、視野を広げてみること、代替案を検討すること、失敗の可能性を検討することなどを通じたシステム2の意識的な使用が、システム1に基づく判断や選択のバイアスを緩和するために有効であると論じている。
【W】事前に行動のルールを決めて、自分の行動を縛っておくというやり方があると思います。損失確定を避けようとする弱い心があるわけですから、それを克服するために、たとえば、10%値下がりしたら必ず損失を確定させておくと決めておけばよいのではないかと思います。
【岩澤】「損切りルール」を決めておく、という話ですね。実は、多くの優れた投資家はこうした「損切りルール」を持っていると言われています。根強い損失回避の心を克服するための仕組みなんでしょうね。
我々の脳にはシステム1が深く埋め込まれているわけですが、VさんやWさんがおっしゃってくださったのは、我々はそれをマネジメントすることができるということです。システム1があることを前提に、それが行動の目的を阻害しないように、意識的な対応を行うことができるわけです。
もっとも、自分のシステム1のマネジメントはいざしらず、他人のシステム1をマネジメントするのはもう一段難しい問題になります。