頭で覚える知識(knowledge)と体で覚える技術(skill)が合体したものだから、知識だけを学んでも腹に落ちてこない。スキルを覚えなくては現場での実践に迷ってしまう。
トヨタの危機管理、対処もそれと同じだ。知識だけでなく、現場へ行って一度は経験しないと、来るべき危機には対処できない。危機管理は平時から行っていて、“いざ鎌倉”の時には平時の延長だと思って対処する。
「それしかない」と「それでもやれる」の大きな違い
「それしかない」と「それでもやれる」は根本的に違うことだ。
危機が起きて部品が滞留しそうになると、生産調査部の若手が先遣隊として生産現場に派遣される。それは常日頃から生産調査部が協力工場に生産性向上の指導に行っているので土地勘があるからだ。また、危機からの復旧とは設備、機械を直して生産すること。その際、リードタイムを短くしてなるべく早く製品を出すこと。それは元から生産調査部がやっている仕事だ。
そして、被災した現場で重要な考え方が、「それしかないとそれでもやれるは根本的に違う」とわきまえておくこと。
これはトヨタ生産方式を体系化した大野耐一の補佐役だった鈴村喜久男の言葉である。
危機に慣れていない当事者は「あれもない、これもない」とパニックになる。もしくは、「助けが来るまで待とう」と復旧をあきらめてしまう。
しかし、トヨタ生産方式の改善で鍛えられているスタッフは「それでもできる、これでもできる」と頭を切り替える。そうすれば突破口は開ける。
危機を乗り越えるための完璧な準備などありえない。そもそも、危機の初期は情報だって正しいとは限らないから準備したものが間違っている可能性だってある。
昔のことになるが、地下鉄サリン事件が起こった時の第一報はサリンガスの散布ではなく、「爆発事故」だった。それと知らずに、ガスに対しての防備を持たずに現場に飛びこんだ警官、消防隊員は大きな被害にあっている。
情報をチェックし、準備はするけれど、足りない場合はその場にあるもので代用することだ。
※この連載は『トヨタの危機管理』(プレジデント社)として2021年に刊行予定です。