ジョンソン政権の焦燥感と、じり安の通貨ポンド

ジョンソン政権が北アイルランド問題を意図的に蒸し返した大きな理由が支持率の低迷であることに間違いはないだろう。世論調査会社ユーガブ(Yougov)によると、ジョンソン政権の支持率はコロナ対策の失敗などから3月28~30日調査の52%をピークに低下が続き、最新9月28日調査では29%にまで沈んでいる。

年末が近づくにつれ、有権者の関心が新型コロナ一辺倒からEUとの通商関係や経済に移ったことも、ジョンソン政権の焦燥感につながっているようだ。すでに述べたように、足元の英国は新型コロナウイルスの感染拡大の第2波を迎えているが、日本や他の欧州の国々と同様に、新規死亡者数はそれほど増えていない。

他方で、EUとの通商交渉は進捗が見られない。ジョンソン首相は年末までに通商協定が結べない限り、世界貿易機関(WTO)ルールによる貿易(ノーディール)を辞さない構えでEUに圧力をかけたが、その戦術は実を結んでいない。ジョンソン首相自身が示した10月15日に始まるEU首脳会議までに双方が合意に達する可能性は低い。

最新7月の月次GDP(国内総生産)が前月比6.6%増と、都市封鎖(ロックダウン)の解除にともなう繰越需要を受けて英国の景気も多少は回復したが、足元ではその動きも一服している。また金融面を見ても、EUとの関係をめぐる将来不安などから英株は他の主要株と比べても軟調であり、通貨ポンドもじり安が続いている。

「ハードブレグジッター」にアピール強めるをジョンソン政権の拙さ

ユーガブ社が9月7日に発表した世論調査によれば、保守党支持者のうち21%がWTOルールによる貿易は「非常に良い結果」をもたらすと、また29%が「まあまあ良い結果」をもたらすと回答している。年齢別には、65歳以上の高齢者でこうした傾向が強い反面、65歳未満の回答者は悲観的な傾向が強い。

こうした世論調査の内容から、ジョンソン政権がアピールに努める支持者層が浮き彫りとなる。それはつまり高齢者に多い強硬派の保守党支持者であり、16年6月の国民投票以降、EUとの関係清算を声高に主張してきた「ハードブレグジッター」だ。ジョンソン政権はそうした支持者層へのアピールを重視し、今回の暴挙に出たのだろう。

とはいえ、ジョンソン政権が国内市場法案を本気で発動しようとは考えてはいないはずだ。そうでなければ、発動に際して議決を要する下院の修正案をジョンソン政権が受け入れるわけがない。実際に同法案の発動が議会にはかられたとき、労働党や自由党議員のみならず、保守党内からも大量の造反が生じる展開は十二分にあり得る。

結局のところジョンソン政権は、強硬派の保守党支持者に対するアピールに努めて支持率の回復を狙うと同時に、EUに対して圧力を与えるという従来ながらの「ブラフ外交」に努めているにすぎないと理解できる。EUがいら立ちを強めているのは、就任以来一貫して行われるジョンソン流外交の拙さを見透かしているからだ。