※本稿は、『プレジデントFamily2020秋号』の記事の一部を再編集したものです。
コロナ第1波の中、グリーランドにいた探検家が帰国して思ったこと
2002年から10年にかけて、世界最大の峡谷、チベットのヤル・ツアンポー峡谷の「空白の5マイル」と呼ばれる人跡未踏部分を単独で踏破し、16年から翌年にかけては、まったく太陽の昇らない極夜のグリーンランドを80日間かけて探検した角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)さんは、日本を代表する探検家の一人である。
この二つの探検行の詳細は、それぞれ『空白の五マイル』(集英社刊)、『極夜行』(文藝春秋刊)に記録されているが、ちょうど日本で新型コロナウイルスが上陸した頃、角幡さんは再びグリーンランドの地を旅していた。
コロナウイルスの蔓延に日本中が戦々恐々としていた時期を知らずに、ほとんどコロナの影響を受けなかったグリーンランドから帰還した角幡さんの目に、日本の状況はどのように映ったのか。
そして、死と隣り合わせの危険な旅を何度となく経験してきた探検家は、コロナ時代の子育てをどのように思い描いているのだろうか。
鎌倉・極楽寺の自宅で、話を聞いた。
「そんな殺伐とした社会に帰りたくないな」
犬ぞりでグリーンランドを北上し、地球上で最も北に位置するケネディ海峡を渡ってカナダまで到達する探検のため日本を出国したのは、今年の1月11日のこと。すでに中国で新型コロナウイルスが発生していたわけですが、まだ誰も気にしていない状態でした。
15日、ベースにしている村、グリーンランドのシオラパルク(北緯77度47分)に到着。
そこで「(中国の)武漢で新型ウイルス発生」というニュースを聞きましたが、まったくの人ごとでした。
18日、出発の前日、グリーンランド南部のヌークという町で感染者が出て、集落間の移動が禁止されました。僕は6月までの特別許可を持っていたので足止めはされないと思っていましたが、万一、移動規制されると困るので、予定通り19日に、12頭の犬とともに出発。「さっさと旅立った方がいい」というのが、本音でした。
のんきに出発した僕が、世間の状況がただならぬものであることを知ったのは、村を発って6日後のこと。衛星電話を介した妻との会話で、「コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、カナダが入国許可を取り消した」という連絡を受けたのです。
その後、マスクもトイレットペーパーも売り切れた、自粛警察が出現した、他県ナンバー狩りが横行しているといった話を聞くにつけ、僕の頭に浮かんできたのは『北斗の拳』や『マッドマックス』の舞台であるディストピア。冗談めかして言えば、素肌に革ジャンを着たモヒカン刈りの男がマサカリを持って女性や子供を追いかけまわす、そんな精神荒廃の世界です。
「そんな殺伐とした社会に帰りたくないな」
妻の話を聞きながら、正直言ってそう思いました。そんな僕の反応に対して、妻はこう言いました。
「あなたは今、世界で一番安全な場所にいるんだよ」
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