そもそも「2週間休む」ことには慣れていた
しかしこの「男の産休」も施行前は、満場一致の賛成を得たわけではなかった。特に経営者サイドは明らかに、休業中の収入補塡など、雇用負担が増すことを警戒した。それでもスムーズに施行され、社会に受け入れられたのはなぜか? フランスに20年在住し、この国の子育て環境を調べ発信してきた筆者は、以下の4点が大きな理由と考えている。
1.もともと休業しやすい文化がある
2.企業に金銭的負担のない制度設計をした
3.子どもを大切に考える社会通念がある
4.家庭での男女平等が多方面から求められている
まず第一の「休業しやすい文化」だが、これは社会全体で休業に罪悪感がなく、労働者の「当然の権利」と考えられていることである。フランスでは年間5週間の有給休暇が労働法で定められているが、実際の平均取得日数はなんと33日(2015年フランス労働省統計調査局)、ほぼ全消化するのが通例だ。中でも世界的に有名な「夏のバカンス」の平均期間は2週間とのデータがあるが(Ipsos/Europe Assistance社調査)、実際はその2週間を7月と8月で1回ずつ合計4週間取る人や、より長く3週間取得する人も多い。労働現場は普段からそれだけの長期休暇を全員にやりくりしているので、父親となった人が2週間休んでも、対応可能な体制なのだ。
実際、父親休業の長さを「2週間」としたのも、夏のバカンスの平均期間を考慮して、実現可能性を考えた上での制度設計だった。フランスでも数カ月にわたる育児休業の取得率は低迷し続けているが、2週間の産休はあっという間に普及した。その最大の要因は、この期間設定にあるとも分析されている。
企業に財政負担はなし、ただし拒否もできない
制度設計の巧みさは、反対勢力であった経営者サイドの懐柔策にも現れている。「男の産休」期間の所得補塡に、企業に負担を負わせない仕組みを用いたのだ。
給付には女性の産休手当と同じ医療保険のシステムを使い、財源は家族手当金庫。難色を示していた経営者たちも、財政的な影響がないとされて反発を弱めた。取得希望者からの休業申請を開始予定日(出産予定日)1カ月前まで、と定め、人員配置の不安にも対応した。その一方、雇用主は取得申請を拒否できない。時期の相談は可能だが、最終的な決定権を持つのは取得希望者だ。
それだけ強制力があるにもかかわらず、男性産休が労働現場で「厄介ごと」として扱われることはまれだ。それには前述の「休業しやすい文化」のほか、フランス社会に通底する、子どもを大切にする考え方がある。子どもの誕生は問答無用で祝うべき慶事であり、子を持たない選択をした人や他者の出産を祝えない事情がある人も、声高に異論を唱えることはない。拙著『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)で取材したある銀行勤務の父親は、自分の経験をこう話してくれた。
「妻から陣痛開始の電話があったのは、僕が発表する大事な会議を控えた朝だったんだ。つい『区切りのいいところまで仕事をしていこう』とデスクに座り直したら、課長に怒鳴られた。『何やってんだ、子どもの出産より大事なものなんてないだろう! あとはやっておくから早く帰れ!』とね」
産休取得経験のある、もう一人の男性のコメントも象徴的だ。彼は出版社勤務で、出張も多い役職にある。
「子育ての当事者でない人たちには、今の子持ちは優遇されていいねという気持ちは当然あると、僕の職場でも感じます。でも口や態度に出すことはない。それは大人として恥ずかしいことなんです。子どもは社会に必要な存在ですから」