ペスト聖人の絵には犬が描かれている
そんなペストの守護聖人のなかでもとくに信仰されたのが、キリスト教迫害時代の聖人セバスティアヌスです。セバスティアヌスは、全身に矢を射られて処刑されましたが、一度は奇跡によって傷が治ったとされています。そこから、ペストの矢に当たっても、彼のように生き残れることを人々は祈ったのです。セバスティアヌスを描いた絵には、16世紀イタリアの画家ソドマの〈聖セバスティアヌス〉など有名な作品が多くあります。
また、14世紀に懸命にペスト患者の看護にあたった聖ロクスも、対ペスト聖人として篤く信仰されていました。ロクスは自身もペストにかかりますが、犬が食べ物を運んできたり、舐めて治してくれたりしたという伝説があるため、絵画の主題になるときは犬も一緒に描かれるのが通例です。16世紀イタリアの画家パルミジャニーノの〈聖ロクスと寄進者〉にも、しっかり犬が描かれています。
「老いた男と若い娘」カップルがモチーフになるのはなぜか
年老いた男と若い娘のカップルを主題とする絵画が、西洋美術にはときどき見られます。例えば、16世紀ネーデルランドの画家クエンティン・マセイスの〈不釣り合いなカップル〉や、19世紀ロシアの画家ワシリー・ウラディミロヴィッチ・プキレフの〈不釣り合いな結婚〉などがその代表例です。
この主題には当時のヨーロッパの社会状況が関係しています。ヨーロッパでは昔から、娘が結婚する場合、基本的に親は持参金を持たせる決まりがありました。その額は一般庶民でも100万〜300万円にもなりました。もちろん、貧しい家はそんな持参金は用意できません。その場合、娘は奉公に出るか、修道女になるか、娼婦になる程度の選択肢しかありませんでした。
いっぽう、当時は様々な職業にギルドがあり、都市の男性はそこに所属していました。そして、ギルドから親方資格をもらい、家族を養えるだけの経済力を持つまでには、長い修業期間がありました。そのため、必然的に男性の結婚年齢は上がります。また、女性の出産時感染症による死亡率は高く、妻を亡くした男性はすぐに次の若い妻を迎えます。このような事情があったため、年の離れた不釣り合いなカップルは昔のヨーロッパでは当たり前のものだったのです。
面白いことに、先に挙げたマセイスの作品では、女性が老人の財布を手にとり、後ろにいる若い間男にそっと渡している様子が描かれています。当時はこのようなことも、よくあったのでしょう。