「ほら、橋の向こうから“青白い顔”がやってくるだろ? 耳栓もしてさ」

男性はこう語りかけてきた。

初めは何のことかわからなかったが、すぐに言わんとするところが理解できた。夕暮れ時、帰路につく人々は皆一様にスマートフォンを覗きこみ、イヤホンで音楽を聴きながら、地べたに座る私たちの前を速足で通り過ぎていった。その顔はどれも、液晶画面で青白く照らされている。

男性は続けた。

「みんなバーチャルで生きてるんだよ。こういう生活が見えない世界で生きてるんだよ」

車上生活を送る人たちも同じように、もうずっと以前からそこにいたにも関わらず、見過ごされてきた存在なのかもしれない。

数日後、男性に取材を試みた

何日か彼の姿を確認し、車上生活を送っているのだと確信が持てたところで、私たちは声をかけてみることに決めた。

“猫のおじさん”に声をかける以前にも、別の道の駅で車上生活者と思しき人に声をかけたことはあったが、話を聞かせてもらえることはなかった。先述した、娘と孫の3人で1年にわたって車上生活を送っていた女性の死を念頭に、私はあくまで「事件のあった3人家族のことを調べている」ということをまず男性に投げかけてみることにした。そうすればわずかでも話が聞けるかもしれない。

夜、いつもの場所に車が停まる。帽子をかぶった男性が降りてくるが、今日は猫が見当たらないようだ。心配そうに辺りを探し回っていたが、しばらくするとモンちゃんを抱きかかえて戻ってきた。彼が車に乗り込んで数分後。私は深呼吸をして“猫のおじさん”のもとに向かった。

運転手側のドアを数回ノックすると、窓が開き男性が顔を出してくれた。私は首からかけた職員証を見せて“猫のおじさん”に話し始めた。

「こんばんは。突然、ごめんなさい。NHKのディレクターをしている者なんですが、今年の8月に、この道の駅に来たこともある92歳のおばあちゃんが、車で亡くなった事件があったんです。それで、道の駅に来られてる方にお話を伺ってるんですが、92歳ぐらいのおばあちゃんと、60歳ぐらいの娘さんが、軽自動車に乗っているのを見たことないですか?」

じっと見つめたあと、男性は…

“猫のおじさん”はじっと私のことを見つめている。年齢は70歳くらいだろうか。モンちゃんは助手席でキャットフードを食べている。毛布や衣類が詰め込まれた車内。後部座席は倒されていて、そこが寝床になるように見受けられた。

「ない」

小さくだが言葉を返してくれた。ひょっとすると、きちんと話が聞けるかもしれない。私は間を空けず、この道の駅をよく利用するか尋ねた。

「はい」

また、小さくだが返事があった。