"同居人"は1匹の猫?

数年間、その存在を確認している道の駅の従業員ですらまったくコンタクトが取れない。心を閉ざして、車中にいるのだろうか? ただ声をかけただけでは話は聞けないのではないか? 思案を巡らせていると、女性職員が思い出したように「あ、でも猫を飼ってるんですよ」と声を上げた。

「猫ですか?」

聞き返すと、女性職員は続けて「昼間は、その辺で放し飼いになってるんですけどね」と答えた。この場所に到着した私たちを最初に出迎えてくれた、ノラだと思っていたあの猫は、車上生活をしている男性の飼い猫だという。子猫の頃から男性が育てているようで、いつの間にか昼間は道の駅で過ごすようになってから3年ほどが経つ。夜は男性の車の中で寝ているそうだ。

「名前とかはあるんですか?」と聞いてみたが、猫の“本名”はわからないのだという。

「一度、名前を聞いたことあるんですよ。勇気出して声かけたんですけど、『俺は、名前なんか、知らねえよ』って言われて」

道の駅の職員にもよく懐いているその猫。職員たちは好きなエサのブランドから“モンちゃん”と名付けてかわいがっているようだ。毛並みもよく健康状態もよさそうなモンちゃん。何度も道の駅に通ううち、私たちにも懐いてくれた。

女性職員は男性に猫の名前について尋ねたときの様子を「まるで自分は(猫と)関わりがない、と言いたいみたいだった」という。

閉店後に姿を現した“猫のおじさん”

私たちは取材をする上で便宜上、その男性を“猫のおじさん”と呼ぶようになっていた。

数年にわたって車上生活を送る彼は、いったいどんな人なのだろうか? どうやって車で生活を送っているのか? どうして車上生活をすることになったのか? 多くの疑問を持ち、私たちは道の駅の営業終了後、その男性を待つことにした。

道の駅の夜の様子
写真提供=NHKスペシャル
道の駅の夜の様子

午後6時、道の駅の店内には「蛍の光」が流れ、施設自体には門が閉ざされた。利用できるのは屋外のトイレとベンチ、それに自動販売機くらいのものだ。徐々に一般の車が減り、駐車場には、長距離のトラックや仕事帰りの作業車が多くなってきた。私たちは駐車場の隅に車を停めて、女性が教えてくれた“猫のおじさん”の定位置を見つめていた。

続々と従業員たちも帰って行くなか、どこからかモンちゃんがふらりと現れる。お店の正面に陣取り、じっと駐車場の入り口を見つめているようだった。

「あの車かな?」

取材チームの誰かがつぶやくように声をもらした。そこそこのスピードで駐車場に進入してきた軽バンが迷わず定位置に停まった。しばらくすると、運転席から帽子をかぶった男性が降りてきた。するとモンちゃんは一目散に走っていき、車に飛び乗る。この男性が“猫のおじさん”に間違いない。その発見に、私はなんとも言えない、不思議な高揚感を覚えた。