「芸能界でナンバーワンなのは渡ちゃんだよ。だって毎日、夕方になると庭に出て、ひとりで練習するらしい。だから、会う機会があったら聞いてみてよ」

それでわたしは渡さんに取材を申し込んだ。

いずれにせよ、ふたりは「芸能界ナンバーワン」を目指すくらい、ハーモニカが好きなのである。ただし、俳優でハーモニカが好きなのはこのふたりだけのような気がする。さて、わたしは高倉さんに「渡さんのハーモニカの話、どなたから聞いたのですか?」と尋ねた。絶対に教えてくれないだろうなと思ったけれど、念のために聞いた。すると、彼はふふっと笑っただけだ。

高倉健がしゃべらないと決めたら、絶対に口を開くことはない。しつこく問いかけたら、席を立ってしまう。そういう人だ。秘密と決めたら、それを守り通すのが実物の高倉健だ。

石巻市での演奏に込めたメッセージ

2011年の東日本大震災の後、渡さんは舘ひろし、神田正輝のふたりを連れて宮城県石巻市で石原プロモーション名物の「炊き出し」を行った。そのなかで彼は挨拶とともに、「人前で吹いたことのない」ハーモニカ演奏をしたのである。様子は地元のテレビニュースで流れている。

「みなさん、今日は精一杯、炊き出しをやらせていただきたいと思います。どうかおなか一杯召し上がっていただきたい。そこのお父さん、しっかり召し上がってよ。そして、子どもの頃、覚えたハーモニカでふるさとという曲をみなさんに聴いていただきたいと思います」

うさぎ追いし、かの山という、あのメロディである。

渡さんは直立不動でハーモニカを吹いた。舘ひろしさん、神田正輝さんがマイクの前に立ち、挨拶をしている間も、バックミュージックとして演奏した。ハーモニカの音色には「頑張ってください、僕らも頑張ります」という渡さんの言葉がかぶさっていた。

渡さんは姿勢を変えず、ただ、ハーモニカを吹く。同じメロディを何度も繰り返す。

たくさんしゃべるよりも、姿勢とハーモニカでみんなに元気を出そうと訴えた。渡さんのハーモニカはやはり高倉さんが言ったように芸能界でナンバーワンだった。

付記

今となっては想像になってしまうけれど、高倉さんに「渡さんハーモニカ毎日演奏説」を伝えたのは渡瀬恒彦さんだと思われる。渡瀬さんは高倉さんと『南極物語』で共演して親しくなった。『鉄道員(ぽっぽや)』でも『ホタル』でも撮影現場に見学に来ていた。

しかし、真相は分からない。渡さん、高倉さん、渡瀬さん、みなさんが亡くなってしまったから。

【関連記事】
高倉健が唯一カントクと呼んだ男の仕事術
「テレビにはもう出ない」そんな石原裕次郎を翻意させた後輩のひと言
妻子を捨てて不倫に走った夫が「一転して改心」した納得の理由
ローマ教皇が「ゾンビの国・日本」に送った言葉
コロナ禍だからこそ見習いたい、イマドキ富裕層が「しない」生活習慣7つ