では、演技の模範とするのは誰ですか?
そう尋ねたら、すぐに彼は答えた。
「演技の先生は高倉さんですよ。あんな風にできたらいいなと思って。でも、これまで一度も共演したことはありません。私は石原はもちろん、三船敏郎さん、勝新太郎さんといった大スターの方々と共演させていただいてます。しかし、高倉さんとはありません。映画に出させていただいたことはないんです。私も60歳を超えたからもうチャンスは少ないでしょうね。長年、憧れ続けた方ですけれど」
渡さんはゆっくりしゃべる。言葉も少ない。スクリーン上の高倉健のようだ。
実物の高倉健はもっと饒舌だ。冗談を飛ばしたり、早口だったり、「英語をしゃべる丹波(哲郎)さん」といった物真似を織り交ぜたりして話をする。サービス精神があって、スクリーン上の高倉健とは違う。
ところが、実物の渡哲也は高倉健以上に高倉健だった。わたしがそんな感想を伝えたら、渡さんは嬉しそうに笑った。
唯一の趣味だったハーモニカ
「ひとつだけ聞いていいですか?」
わたしは用意してきた質問をした。
「どうぞ」
「渡さんはハーモニカが芸能界でいちばん上手なのですか?」
「えっ、ハーモニカって。誰から聞いたのですか?」
「高倉さんです」
渡さんは不審そうだった。
「でも、どうして、高倉さんが知っているんだろう。あ、そうか。そうかもしれない」
——はい。でも、渡さん、ハーモニカを吹くのがお好きなんですね?
「ええ、ハーモニカは好きです。唯一、趣味というか。でも、人前で吹いたことはないし、そんなことしようと思ったことはないんですよ。聴いたことはないけれど、じつは高倉さんの方がお上手ではないでしょうか。
僕のは小学校の時に吹いていたトンボってメーカーのもので、月に2、3回は吹いてます。酒を飲んで酔っ払った時がほとんど。吹く曲は誰もが知っているような小学校唱歌です。でも、誰にも話したことはないし、ハーモニカのことを話したこともない。思い出したら、吹きたくなったら吹くだけです。高倉さんは何て言ったのですか?」
「芸能界ナンバーワン」を目指した2人の共通点
高倉健は映画のなかで、二度、ハーモニカ演奏を披露している。
『鉄道員(ぽっぽや)』では、元妻、江利チエミが歌った「テネシーワルツ」を吹いた。『ホタル』では「故郷の空」を演奏した。後者の場合、彼は3カ月間、毎日、ハーモニカを特訓した。かなりの技量なのである。
それなのに、「オレのハーモニカはダメ。それより、上手なのは渡ちゃんだ」と言った。