2005年、NHK大河ドラマ「義経」のメイク室で
「えっ、なぜ? 高倉さんがどうして知っているのですか? これまで誰にも言ったことがないのに」
2005年、渡哲也さんはNHKの大河ドラマ「義経」で平清盛をやっていた。
わたしは坊主頭の特殊メイク中にインタビューをすることができた。当時、そんなところまで入れてくれたのはわたしだけだと後で知った。しかも「どうぞどうぞ」と大歓迎だったのである。
むろんそれには理由がある。あまりインタビューを受けることのない渡さんが快くOKしてくれて、そのうえ、メイク室まで招き入れてくれたのは、高倉健さんの紹介だったからだ。
だが、わたしは「高倉さんからよろしく、です」といった自己セールスみたいな枕詞は省いて、演技について淡々と尋ねた。
「本番までにどういった準備をするのですか」と。
渡さんはこう答えた。
「台本をいただいてからはとにかく何度も読むことにしています。私は俳優としては器用な方ではありません。セリフを自分のものにするには何度も何度も読むしかないのです。たとえば『みなさん、こんにちは』というセリフがあるとします。うちにいても外でも、車に乗っていても始終、ぶつぶつ呟いてます。そうして自分の言葉になったと確認してからカメラの前に立ちます。
一方、動きの芝居は監督にまかせます。自分でも考えてはいきますが、現場で監督につけてもらった動きで芝居します」
演技の先生は石原裕次郎ではなく…
演技は石原裕次郎さんから教わったのですか?
彼は黙って首を振った。
「私は石原を尊敬しているから、石原プロに入りました。しかし、演技は別です。石原の演技を真似したことはありませんし、演技を教わったこともありません。石原に学んだのは人間としての大きさです。現在、私は石原プロの社長(当時)をやっています。しかし、所属俳優のギャラの交渉などは専務にまかせっきりです。私が出て行くのはロケ先で事故があった時のような責任を取る時だけです。
石原も同じでした。生きていた時も交渉ごとは全部、専務がやっていました。『おい、哲、いったいうちの会社にカネはあるのか?』なんて聞かれたことがありましたけれど、石原はそろばんを弾く人ではありませんでした」