「落球」をテーマにするとき真っ先に浮かんだ

箕島・森川の一塁ファールフライを加藤は落とした。正確には、落下点に到達する寸前に転倒して、ボールに触ることすらできなかった。命拾いをした森川は堅田の5球目をレフトラッキーゾーンに運ぶ。二度にわたり、「あと一人で敗戦」から蘇った箕島は、引き分け再試合直前の18回裏、疲労困憊の堅田を攻め、サヨナラ勝ちを収めた。その勢いのまま同大会を制し、春夏連覇という偉業を成し遂げる。監督は、「尾藤スマイル」で全国的に有名になった尾藤公だった。

澤宮優『世紀の落球「戦犯」と呼ばれた男たちのその後』(中公新書ラクレ)

オールドファンには、この箕島・星稜戦を高校野球史上最も印象的な試合として挙げる人も多い。延長18回の激闘の中に、ツーアウトからの劇的な同点ホームランが二度、そればかりでなく、決定的場面でのトンネルあり隠し球ありと、話のネタには事欠かない。

そして、この試合を語るときに必ず出てくるのが、冒頭の場面での、星稜一塁手・加藤直樹の落球である。あのファールフライを捕っていれば……とどれだけの人が口にしただろうか。

落球をテーマに書こうと思ったとき、私の頭に真っ先に浮かんだのが、あの星稜の一塁手はどうしているのだろうか、ということだった。

コロナ禍によって、今年は春夏ともに高校野球の全国大会は中止となった。その代わり、センバツ出場校による「交流試合」が8月10日から甲子園球場で行われる。注目は昨夏の決勝戦と同じ顔合わせの、履正社(大阪府代表)対星稜(石川県代表)だ。熱戦を期待するとともに、41年前の夏に起きた一つのプレーをめぐる物語を読者の皆さんにお届けしたい

宿舎では誰も転倒に触れなかった

星稜ナインは宿舎に戻った。転倒について触れる選手は一人もいなかった。皆で監督の山下と一緒に風呂に入り、お互いに背中を流す。甲子園では校歌を歌えなかったので、風呂場で合唱した。風呂から上がって、皆で歓談したが、加藤はその輪に入れなかった。

「俺のせいで負けたんや」「申し訳ない」

そればかりが脳裏を駆け巡り、他の選手の傍に行くことができなかった。

「全部自分のせいだという負のオーラを出しておったんでしょうね。皆、声もかけんし、かけたらなお悪いと思っていたんじゃないですか」