「暴力=行きすぎた情熱」と容認してきた過去

フランスの行政でDV対策を司るのは、女男平等推進を担う部局だ。家庭内暴力の被害者にはもちろん男性もいるが、身体的な差や社会的な権力構造の影響で、大半はやはり女性だからだ。

エマニュエル・マクロン大統領は2017年の就任直後より、女性への暴力問題を「任期5年の最重要課題の一つ」として首相府直轄に位置付け、フェミニスト活動家マルレーヌ・シアッパを担当副大臣に起用し、対策を強化している。2019年秋にはこの問題に焦点を絞った全国関係者会議(グルネル)を12週間にわたって開催し、7900万ユーロ(約95億円)の予算を配分したばかりだ。暴力による殺人事件は「フェミニシッド(女性殺し)」の表現で、周知PRが精力的に行われている。それでもフランスにおいてDV問題は、女性の権利を巡る他の問題より、後れを取っていた。

夫の妻に対する暴力は1970年代から、男女同権運動の範疇で強く訴えられてきた。それから80年代にかけて、フランスは教育や労働など社会面の男女格差是正で飛躍的な進歩を見せたが、家庭内では父権思想が根強く残り、配偶者間暴力を「行きすぎた情熱」と容認する風潮が拭い切れずにいた。政府がようやく重い腰を上げ、初のDV国家啓発キャンペーンを行ったのは1989年。1983年に国連女性差別撤廃条約を批准した流れからのアクションだった。

その後、配偶者間レイプが初めて有罪となったのが1990年、少し間を開けて1994年より刑法改正の動きが進んだが、厳罰化が達成されたのは2010年代に入ってからだ。最新の改正はシアッパ副大臣の名を冠した「シアッパ法」で実現。現在フランスでは、身体的DVは懲役3〜10年および罰金最大15万ユーロ、過失致死は懲役20〜30年、殺人は終身刑と定められ、精神的DVの場合でも、最大で懲役3年および罰金4万5000ユーロまでの刑罰が課される(出典:フランス政府公益サービス情報サイト)。

身をこわばらせてテーブルに着く女性の手前に、固く握りしめられた男性の拳がある
写真=iStock.com/lolostock
配偶者間暴力を「行きすぎた情熱」と容認する風潮があった(※画像はイメージです)

女性政治家の存在がDV対策を進めた

「それでも、DVに対する司法の鎖は十分ではありません」

現司法大臣ニコール・ベルベは、昨年秋のインタビューでそう答えている。司法府が検証した88件の配偶者間殺人および殺人未遂事件のうち、41%の被害者は事前に警察に相談済みだった、との報告を受けての発言だ。ベルベ大臣は同インタビューで、DV通報時の警察官の対応について研修を強化する必要の他、DV通報のため医療者の守秘義務を緩和する案にも触れている。もともと男女格差問題に強い法律家で、外出禁止令直後にも前述のシアッパ副大臣と並び、DV悪化の危惧をメディアで訴えた。フランス政府がDV問題に高い感度を維持しているのはベルベ大臣、シアッパ副大臣のおかげであり、この両者とも、女性である。

ここで大臣の性別を取り上げたことを、唐突に感じる読者もいるかもしれない。しかしこの点こそ、注目すべきポイントなのだ。フランスでDV対策が発展した背景には常に、女性政治家の存在があったからである。