「人づくりっていうのは、共通の想像力と道のりを確認するっていうこと。未知の仕事は想像の連続。だからエモーショナルに想像力を働かせる人が必要なの。サーキットをぶっ飛んで、ポルシェぶち抜いて、フェラーリぶち抜いて、世界記録のタイムを樹立してるGT-Rを皆で想像するの。で、それをつくるためにチームの中で何を請け負うべきか、周囲とデータを共有しながら考え、実行する。そういうマインドを共有することなの」
時間も人も金も、少ないほどいいものができる……カーレースの現場で、“効率論”を考え抜いた水野が得た原則だ。
「日本の会社って、管理基準や莫大な規模の生産設備に合わせてものをつくるのが商品企画・商品開発だと錯覚してる。最新鋭設備でつくりました、なんて最低。ものをつくるのは設備じゃない、人だ」
一流の宮大工の棟梁は図面など引かない。板に描いた墨絵一本と言葉とセンスだけで職人を使い、最高の建物をつくるという。思い描いた通りの“新GT-R”を実現するには、それに優るとも劣らぬ水準でメンバーが連携することが必要だ。
イタリアのマニエッティ・マレリ社製の車両総合計測システムは、そのための画期的な「マネジメントツール」だった。車体の200個所以上に及ぶポイントのデータがいっぺんに収集できる。今は開発のどんな段階か、どこにどんな問題があるか、どの部署がどう連携し、何をしなければいけないのかが担当者全員で共有できた。
水野はさらに、生産現場、メーカー、設計、実験関連、あるいは一部国内営業やサービスなどあらゆるスタッフをニュルに呼び、走る様を肉眼で見せ、車両に同乗させた。自分のせいで目の前のテストドライバーが死ぬかもしれない、という責任感を徹底的に認識させるためだ。
誤差±1.0ミリという驚異的な精度の車体を実現した鈴木信男(42歳)もそれを体験した1人だ。鈴木が語る。
「『おまえのつくった車体はこの速度でジャンピングスポットを飛ぶんだ』と……衝撃でした。見てるだけでドキドキする勢いで突っ込んでくるから、設計担当は目の色が変わる。現場の人たちもよく言います。『溶接するとき、手が震えます。僕らの溶接ってこんなに大事なんだっていうのを体感してるから』って」
こうして、コアになる人材を育てた。「1年半かかって、合計1200~1300名を“洗脳”していった」(水野)