経済危機で健康になる国と不健康になる国

まず、経済危機が人々の健康にダメージを与える可能性があることが確認できた。これは予想どおりの結果である。不況で仕事を失い、あるいは家を失い、借金に追われるといった状況になれば、酒や薬物に溺れることもあるだろうし、場合によっては自殺も考えるだろう。そこまでいかなくても、手軽で安上がりなジャンクフードばかりを食べ、食生活に問題が出ることもある。

つまり、オリヴィアやディミトリスのケースは例外でも何でもない。たとえば、ギリシャは大不況以前にはヨーロッパで最も自殺率が低い国だったが、2007年以降そのギリシャで自殺が急増し、2012年までに自殺率が倍になった。ギリシャにかぎらず、他のEU諸国でも同じ傾向が見られ、大不況以前は自殺率が20年以上一貫して低下していたのに、大不況によって一気に上昇に転じた。

その一方で、逆の現象も起きていた。経済危機によって健康が改善した地域や国があったのだ。たとえばアイスランドは史上最悪の金融危機に見舞われたが、国民の健康状態は実質上よくなっていた。スウェーデンとカナダも今回の大不況で国民の健康状態が改善したし、ノルウェー人の平均寿命は史上最長を記録した。北方の国ばかりではない。日本も同様で、「失われた10年」いや「20年」と言われるほど不況が長期化して苦しんでいるが、健康統計では世界トップクラスの結果を出している。

こうした明るいデータを見て、安易に「不況は体にいい」という結論に飛びつくエコノミストもいる。彼らは不況で収入が減ると飲酒量や喫煙量が減るし、車に乗らずに歩くようになるなど、健康にいいことが増えるからだと説明する。そして多くの国や地域で不況と死亡率の低下に相関関係が見られると説く。なかにはまことしやかに、不況が終わったらアメリカでは6万人が死ぬことになると予言する人までいる。

不況そのものではなく「政策」で国民の健康が変わる

だが、彼らはその逆を示す世界各国のデータを無視している。今回の大不況の間に、アメリカのいくつかの郡では40年ぶりに平均寿命が短くなった。ロンドンでは心臓麻痺が2000件増えた。自殺も増えつづけているし、アルコール関連の死因による死亡例も増加している。

つまり世界中のデータをきちんと見れば、不況でオリヴィアやディミトリスのような目にあう人々が大勢いることは否定のしようがない。だがその一方で、健康になる人々がいるのもこれまた確かである。これはどういうことなのだろうか?

その答えは、不況そのものではなく、不況に際して政府がとる政策にあるのではないかとわたしたちは考えた。

奇しくも2012年のアメリカ大統領選挙は、刺激策か緊縮策か、公共サービスか個人の収入かといった普遍的な問いを投げかけるものとなった。そして富裕層への増税と社会福祉への投資を訴えたバラク・オバマ大統領が再選され、緊縮策は退けられ、そこからアメリカはゆっくりと不況を脱した。一方イギリスでは2010年以来緊縮政策がとられているが、その結果、2013年1月現在、不況に逆戻りしそうになっている。