しかしながら日本企業はこうした経営を、バブル経済崩壊後、急速に喪失していった。アメリカ型の構造改革により働く人に対する視線が大きく変化した。結果として人間を見ない財務、経営企画というファクターが過度に重視されるに至った。マネジャー(管理職)も、安易なコスト削減や短期的な数値達成に追われ、現場マネジメントが「成果主義」の方向に大きく傾いた。

この流れのなかでマネジャーによる部下との接触も従来のような人間的要素が大きく失われることになった。

「誰かに見守られている。構ってくれている」という感覚がすごく減ってしまったのが今の日本企業の実情である。人事評価のときだけでなく、上司や社長なり責任ある立場の人間からのケアが現場の達成感、パワーを上げ、いいモチベーションの維持につながっていく。ミドルマネジャー(中間管理職)も、部下とのコミュニケーションを実は密接に取りたがっていることがいろいろな調査を見ても、わかってきている。

失われた日本の企業風土を取り戻す意味でも、ミンツバーグの組織論を学びなおすことが必要だ。彼は経営理論、組織論を人間の側から再評価した。普通の人の目線、働く人の目線から、マネジャーに対して従来からの戦略論や組織論の議論の滑稽さ、矛盾点を一つ一つ説いていった。

例えば彼以前の議論では、マネジャーは、リーダーシップや戦略論といったクリエーティブな要素だけをいかに身につけるか、ということが重視されていた。しかし、実際の彼らの職務の半分はルーチンワークで占められている。マネジャーといえども、特別な才能が必要とされるのはごく一場面であり、日常的な業務がいかに企業にとって大切なものかを指摘したのだ。

彼は『戦略サファリ』という著書のなかで、戦略達成がリーダー一人で行われるという想定が非現的だという趣旨のことを述べている。戦略というのはプロセスであり、良い戦略を立てることだけが重要なのではない。むしろ戦略を実行するプロセスの中で、アイデアを出し合い、様々なことをお互いに議論し、一つの意識を形成していくことこそが一番重要であると論じている。アウトプットだけで評価されるべきではないという立場を強調しているのだ。考えてみれば、部下のモチベーションを上げるためには当然のことであって、みんなで一生懸命考えるからこそ「よし、頑張ってみよう」という意識が生まれるのだ。彼自身「偉大なる常識人」という言葉を使ってマネジャーや戦略の常識を覆したミンツバーグの功績は特筆すべきである。

※すべて雑誌掲載当時

(構成=松山幸二)