海軍トップが、対米戦勝利の自信はない旨を明言

10月7日朝、陸海相が会談した。及川古志郎海相は東条陸相に対し、なお交渉継続の余地はあり、もう少し期限に余裕が必要だとして、10月15日の決定延期を申し入れた。

東条の「勝利の自信はどうであるか」との問いに、及川は「それはない」と答えている。ただ、「この場限りにしておいてくれ」と付言した。海軍トップの海相が、対米戦勝利の自信はない旨を明言したのである。東条は、この場限りの話として聞かされたが、海軍に自信がないことを知った。

そこから東条も、海軍に戦争遂行の自信がないのなら、不本意だが、9月6日御前会議決定を見直さなければならないのではないかと考えはじめていた。

同日(7日)、武藤章軍務局長は、富田健治内閣書記官長に対し、「駐兵も最後の一点ともならば考慮の余地あり。また交渉をなすべし」、との意見を伝えている。武藤は、固守していた中国駐兵についても、対米交渉の最終盤においては、なお譲歩を考慮する余地があると考えつつあったのである。

東条陸相、撤兵論・御前会議決定の再検討を拒否

木戸幸一内大臣の日記には、この間の動きについて、こう記されている。

「十月七日……富田[内閣]書記官長来訪、対米交渉につき左の如き話ありたり。米国の覚書につき、陸軍は望みなしとの解釈なるが、海軍は見込みありとして交渉継続を希望す。……海軍側は、首相はこの際遅滞なく決意を宣明し、政局を指導せられたしと要望す。先ず首相は、強硬意見を有する陸相と充分意見を交換したる後、陸海外の三相を招き、自己の決意を披瀝し、協力を求むる筈なり」

さて、10月7日の夜、近衛・東条会談がおこなわれた。ここで、近衛が、「駐兵に関しては撤兵を原則とすることとし、その運用によって駐兵の実質をとることにできないか」、と意見を述べた。だが、東条は、「絶対にできない」と拒否している。

つづいて近衛は、9月6日御前会議決定について「再検討が必要である」と主張した。

これについても東条は、「御前会議の決定を崩すつもりならば事は重大である。何か不審があり不安があるのか。……もし疑問があるというならそれは大問題になる」、として受け入れなかった。

近衛は、「作戦について十分の自信がもてないと考える」と一応答えているが、自身ではそれ以上の根拠は示せなかった。最後に東条は、「人間たまには清水の舞台から目をつぶって飛び降りることも必要だ」、と述べている。

つまり、東条は、近衛の原則撤兵・実質駐兵論を「絶対できない」と頑強に拒否し、御前会議決定の再検討についても容認しなかったのである。