iMacは既存データや市場調査からは生まれなかった
ここで重要なポイントは、iMacは既存データや市場調査からは生まれなかった、ということです。既存データや市場調査に頼っていたら、きっとFDDやSCSIといったレガシーに引きずられていたと思います。
アップルは、自分たちが思い描く理想のコンピュータ像を愚直に追い求めた結果、業界とユーザを動かし、新しいコンピュータ時代の扉を開けたのです。
ジョブズがDMに「NO」と言った理由
スティーブのインターネット時代に対する強いこだわりは、私も当事者として体験しました。初代iMacの販売拡大のために日本で大きなキャンペーンを打つことになり、その一環として大規模なダイレクトメール(電子メールではなく、実際の郵送)を計画したときのこと。ローンチの日に向けて忙しく最終準備に追われていたとき、スティーブから、「インターネット時代を象徴するiMacのプロモーションに、前時代的な郵便物を使うとは何ごとだ」とストップがかかったのです。
私がクパチーノに出張した際、スティーブが参加するセッションで、この議題が上がりました。スティーブが難色を示す中、私は再度「日本ではダイレクトメールがいまだに効果的で、iMacのシェアを拡大するチャンスである」と説明しましたが、スティーブは「NO」の一点ばり。「そんなことは百も承知だ」という顔で、提案は却下されたのです。
スティーブはしばしば頑固者だと言われますが、言い方を換えると、彼は自分の信じるものに対しては一切の妥協を許さずブレない人間だということです。彼の、iMacでコンピュータのあり方を変えたいという信念は終始一貫していました。イノベーションを実現するためには、従来の手法を覆くつがえすことに一切妥協してはならないと学んだミーティングとなりました。
スティーブのリーダーシップを語る際に、「現実歪曲空間(Reality Distortion Field)」という言葉がしばしば使われます。現実歪曲空間とは、卓越したプレゼンテンーション能力によって、聴衆をイマジネーションの世界に引き込み、実現不可能に思えることを実現できると納得させてしまう場面や雰囲気のことです。