小学生男子がスラスラと「自由・平等・友愛」を唱える

わが家にはちょうど、現地の小学校に通わせている息子が二人いる。なら彼らも現在進行形でこの授業を受けているはずなので、内容を尋ねてみた。

7歳の次男が出してきたのは、「共和国の理念」「共和国のシンボル」と書かれたプリント。暗記するのが宿題なのだと言いざま、誇らしげに「理念は自由・平等・友愛、シンボルはマリアンヌ!」と唱えた。

横にいた10歳の長男も「僕も今日、道徳の授業があったよ」とノートを持ってくる。フランスで初等教育が無償化されたのは第三共和制、1881年ジュール・フェリー教育大臣の時。無償教育はフランス市民の権利……と、テキストを読み上げた。また別の日には「今日は道徳の時間、先生に褒められた」と話した。

「『校内ハラスメント(いじめ)』の例を言える人は? って聞かれて、手を挙げて発言したんだけど、その時に「ある同級生」と「別の同級生」って言ったんだ。そうしたら先生が、『こういう時、個人の名前を出さないのはとても大切。その人を責めるのが目的ではなく、どうすればいいのかを考えるための時間だからね』って」

ちなみに息子たちは二人とも、優等生タイプではない。お絵かきとサッカーが大好きで、宿題はいつも後回し、石と棒切れを拾わずにはいられないお気楽な小学生だ。

そんな彼らの口から自然と、第三共和制の教育無償化や、個人名保護の重要性が出てくる。フランスの「道徳・公民」教育とは、どんなものなのだろう?

Place de la republique パリ
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子どもたちを「市民」に育て上げる教育

学校での「道徳・公民」教育の歴史は、1794年、フランス革命直後までさかのぼる。小学校教育に関する法で、読み・書き・算数・地理歴史に並んで、「人権宣言と共和国憲法」「共和国の道徳」を教えることが定められた。

目的は、子どもたちに「フランス共和国」とは何かを教え、その一員である「市民(シトワイヤン)」に育てること。自由・平等・友愛の理念に沿って、自分以外の「市民」との共生を学ばせる。以降、時代に合わせて細部を変えつつも、目的は変わらず、一教科として存続してきた。

大きな変化があったのは2010年代、国内で頻発したイスラム過激派による、テロの脅威が広がった時だ。実行犯や予備軍の多くにフランス育ちの若者たちがいたことを、公教育関係者は重く受け止めた。道徳・公民教育が担うべき「フランス共和国の市民を育てる」ミッションが十分に機能しておらず、共和国の価値を伝えきれていなかった。「市民」になれなかった若者を生み出し、国民の分断を招いてしまったのだ、と。

その反省を込め、2015年の教育法改革で、「道徳・公民」の教育目的がより明確・詳細に定められた。新プログラムの通達文には、「この教科の目的は、児童が社会的・個人的生活において、自分の責任を自覚できるようになること」の主旨が添えられている。

教科の社会的な意義はその後も重視され、2018年には内容の簡素化・明確化を目指した改正とともに、成績表での評価記録が定められた。