株主第一主義からステークホルダー主義へ

——「便利だから」だけでは通用しない時代になった?

【田中】かつてはそれが通用したアメリカも、確実に流れが変わりつつあります。決定的だったのは、2019年8月、ビジネスラウンドテーブルの宣言です。ビジネスラウンドテーブルはアメリカの経済団体で、AmazonやAppleなど新旧の大企業が名を連ねています。その会長であるJPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOが、従来の株主第一主義から脱却して、ステークホルダー主義、つまり社員や地域社会の利益を尊重する方針を打ち出したのです。

その流れを受けて、今年のダボス会議でもステークホルダー資本主義がテーマになりました。建前で言っているだけだという見方もありますが、気候変動への取り組みなどを見ても、本気度は高いと思います。時代の潮目が変化した中で、ウーバーが自分たちの価値観をどう位置づけていくか、注目ですね。

今こそ「日本式」を見直す絶好の機会

——翻って日本企業はどうでしょうか。この変化は有利に働くでしょうか。

アダム ラシンスキー(著)、小浜 杳(翻訳) 『WILD RIDE(ワイルドライド) ウーバーを作りあげた狂犬カラニックの成功と失敗の物語』(東洋館出版社)
アダム ラシンスキー(著)、小浜 杳(翻訳)『WILD RIDE(ワイルドライド) ウーバーを作りあげた狂犬カラニックの成功と失敗の物語』(東洋館出版社)

【田中】ステークホルダー主義が世界の潮流だというと、日本は「三方良し」に象徴されるように、昔からステークホルダーを大切にしてきたという人もいます。しかし、私の見方は違います。たとえば「わが社は家族経営だ」という経営者は少なくないですが、社員を本当にわが子と同じく扱っている経営者がいますか? わが子にするように自分の資産を社員に譲渡する経営者などいないですよね。むしろ自分の都合のいいときだけ家族と言っている経営者も多く、ウーバーと似た欺瞞を感じます。

アメリカでステークホルダー主義が出てきたのは、テック業界を中心とする構造的な人手不足が背景にあります。エンプロイーエクスペリエンスあるいはエンゲージメント、つまりは本当に社員価値を重視しないと優秀な人材はもはや採用できないし採用してもすぐに離職してしまう。だから社員価値の向上や社員の成長に投資することに、本気で取り組んでいるのです。

人手不足は日本も同じです。いまは、これまでの「日本式のステークホルダー主義」を見直す絶好の機会。本当に社員の働き方や成長を考えているか、本当に会社の芯から地域社会に貢献できているか。ウーバーの成長と失速も参考にしながら、自社が目指すべき方向を考えてみてはどうでしょうか。

(聞き手・構成=村上 敬 撮影=浦 正弘)
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