「国内のシェア争いは不毛」
この背景には、わが国のビール業界が効率性よりも“量”の競争を重視していたことが影響しているはずだ。それは、ビール酒造組合が公表していた市場動向レポートから確認できる。このレポートには市場全体の出荷数量がまとめられていた。また、アサヒは月次販売データをブランド別販売数量として公表してきた。
現在、アサヒは世界的なプレミアムビールメーカーになろうとしている。そのために同社は海外での買収戦略に取り組んでいる。昨年、約1.2兆円でオーストラリアのビール最大手「カールトン・アンド・ユナイテッド・ブリュワリーズ」の買収が発表されたのはその一例だ。
世界のビール市場では、ベルギーの「アンハイザー・ブッシュ・インベブ」が25%程度のシェアを抑えている。わが国ビール企業との差はあまりに大きい。アサヒが市場参加者などから評価されるには、販売量の増加に加え、利益率の向上をはじめ、より効率的な経営を実現することが欠かせない。
突き詰めて考えると、アサヒの経営陣は販売数量を重視した情報公開を止めることで、組織全体の意識を改革したいのだろう。世界的なビール企業として生き残りを目指すには、より成長期待の高い市場に進出して、効率的に付加価値を創出することが欠かせない。それは、国内での数量競争に臨むこととは根本的に異なる。アサヒの経営トップが国内のシェア争いを不毛と指摘した裏側には、こうした真意があるのだろう。
ビール会社に追い討ちをかける新型コロナウイルス
今後、わが国のビール各社に求められることは、成果を実現することだ。各社がそれぞれの事業戦略を執行し、収益の増大につなげることが、株主をはじめとする利害関係者からの信頼を獲得することにつながる。それができれば、企業はより長期の視点でヒト・モノ・カネをひきつけ、さらなる成長を目指すことができる。
バブル崩壊後、わが国では急速に資産価格が下落し、経済環境が悪化した。企業は守りの心理を過度に強め、成長のためにリスクをとることに慎重になってしまった。これはビールに限らず、さまざまな業界にあてはまる。それが、「失われた30年」などと呼ばれる長期の景気停滞につながった。バブル崩壊から30年程度が経過し、アサヒやキリンは成長の実現に向けて体制を整え、そのための戦略を実践している。
現在、新型コロナウイルスによる肺炎の拡大などを受けて世界経済の先行き不透明感は高まっている。中国では人の移動が大きく制限され、世界のサプライチェーンが混乱している。それは、世界経済全体にとって無視できない下方リスクだ。中国の需要を取り込んできた新興国や資源国をはじめ、世界各国の景気下振れ懸念は高まっている。それに伴い、円高や買収した企業の業績悪化などのリスクは顕在化しやすい。徐々に国内ビール企業の業績懸念が高まる展開は否定できない。