相次ぐ雑誌の廃刊・休刊、消えゆく思い出
倒産とまではいかずとも、自分が読んでいた雑誌、執筆したことのある雑誌がなくなった経験は一度や二度ではないが、やはり寂しいものだ。
多感な10代の頃に読んでいた媒体がなくなると、とりわけ感慨が深い。愛読し、またライター駆け出しのころに執筆させてもらった『STUDIO VOICE』が2009年に休刊したときには、さまざまな感慨がよぎった。
高校生のころ青森市内のコンビニでスカンジナビア特集を見つけて買ったときの衝撃。憧れていた雑誌に初めて執筆するにあたって当時の編集長と小川町のファミレスで打ち合わせしたときの緊張。敬愛するドイツのサイケデリックロックバンド・アジテーションフリーを渋谷のホテルで取材したときの感激。そのすべてが失われていくような感覚に陥った。同誌は2015年に復刊したが、私にとってはまったくの別物だ。
最近も、『映画秘宝』(洋泉社)の休刊、『テレビブロス』(東京ニュース通信社)の不定期刊化が発表されると、多くの人がSNS上で嘆き、惜しんでいた。会社ごとなくなるとなれば、雑誌休刊よりもさらにショックは大きいだろう。
雑誌の販売部数は1995年のピークから20年あまりで7割も減っている。雑誌ならではのおもしろさを知る人もどんどん減っているだろう。特に中小版元の雑誌には独特の文化があった。それを雑誌以外の場所に引き継ぐにはどうすればいいのか。上記に挙げた4つ以外の「第5の道」の確立が急がれる。