薬物規制の根拠は医学ではない

【松本】ヨーロッパでは専門家の話を尊重することが多いですが、イギリスだけは日本的というか妙な厳しさがありますね。イギリスの精神科医であるデビッド・ナットが、さまざまな研究に基づいて「アルコールが社会に対しても個人に対しても、最も有害な薬物である」という論文を発表し、さらに公の場で「エクスタシーを使用するよりも、乗馬の方が統計学的な確率として大きな健康被害を引き起こす可能性がある」と言ったのです。

確かにそれは事実ですよね。乗馬には落馬による負傷のリスクがあるわけですから。しかし、そうしたらなんと政府の諮問委員を解任されてしまったのです。要するに、薬物の規制は医学的な根拠で決まっておらず、政治や感情論で決まっているわけです。医師の正直な意見を優先することを嫌がる動きは少なからずありますよね。

【塚本】犯罪にかかわっていたり、健康に関わったりする問題だからこそ、ちゃんと医師や専門家の話を聞いて欲しいんですけどね。

【松本】そうなったら困る人がいるから、実現しにくいんでしょうね。

【塚本】「困る人」とは?

【松本】う~ん……。

【塚本】もしかして、公にできない話でしょうか?

薬物規制をビジネスにしている人々

精神科医 松本 俊彦
写真=永井 浩

【松本】まあ、いいか。思い切って言ってしまいますけど、「違法化などの規制を設けることによって、ビジネスが成り立っている人が多く存在する」という話です。いわゆる既得権益というヤツですね。有名な例で言えば、アメリカの禁酒法(1919~1933年)です。当時、酒を密造するギャングを取り締まるため、アルコール捜査官を3万5000人雇ったのですが、禁酒法が廃止されると、この雇用が失われてしまう。

そこで、雇用を維持するために新たな規制が必要となり、そのターゲットとして選ばれたのが大麻だったんです。しかも、英語圏で大麻は「ヘンプ(hemp)」ですが、わざわざ規制時にはスペイン語の「マリファナ(marijuana)」と呼称して広めました。これは、当時のアメリカにおいて、白人たちのメキシコ人に対する嫌悪感を利用したものでした(編集部註:メキシコの公用語はスペイン語)。現在の日本においても、取り締まりや刑事施設の人たちは、何かしらを違法化することによって自分たちの立場や予算を獲得しているわけです。

【塚本】なるほど。とはいえ、マトリをなくすなんてわけにもいきませんよね……。

【松本】行政会議で「マトリをなくそう」という話はよく出ますけどね。「警察でいいじゃないか」と。