このように既存企業の戦略選択が制約を受ける理由として、2つの問題が挙げられます。1つは、製品市場の「戦略矛盾・共食い」問題です。既存顧客の大半は、当面は従来の製品やサービスを求めています。従って、新事業より既存事業のほうが規模は大きく、当面の収益性は高くなります。「本やタウン」のケースでは、当時、インターネットユーザーは一部の限られた人たちで、ほとんどの人は書店で本を買っていました。

また、既存事業の現場には、既存事業の維持を望んでいる人が多く存在します。そのために「本やタウン」では自宅配送ではなく書店での受け取りを基本としたわけです。このように、既存事業と新事業を並行して進める際に矛盾や共食いが生じる場合、既存企業は既存事業を維持しつつ、徐々に変化したいと考えます。

もう1つは、資源の「不足・過剰」問題です。既存企業は技術、設備、人材、チャネルなどの資源を持っているため、それらを活用してビジネスを展開したいと考えます。一方、新事業を始めるには新しい資源の調達や蓄積が必要になるため、すぐに始めることはできません。また、ネット通販が既存の店舗を不要とするように、新事業は既存事業の資源を不要にする場合がありますが、既存企業は雇用や取引先の整理を避けたいため、既存事業の資源を活用しながら変化したいのです。

新事業がうまくいかない理由

このように既存事業と新事業に矛盾がある場合は、既存事業をどの程度維持しながら新事業を始めるかを決めなければなりません。そのとき、既存事業を持っている会社は、「我々にはここまでしかできない」という制約を自ら設けます。日販の場合、アマゾンのようなネット書店を自ら始めることは、既存事業と矛盾するので、できないと考えてしまいます。かといって現状のままでいるわけにもいきません。

そこで、自分たちにできる対応戦略事業の範囲を主観的に決めるわけです。これを「主観的可能領域」と言います。図のように、主観的可能領域は現実の生存可能領域とずれる可能性があります。将来を予測することは難しいので、ずれが生じるのは当然とも言えます。