英語学習きめた澄んだ心構え
「人莫鑑於流水、而鑑於止水」(人は流水に鑑みる莫(な)くして、止水に鑑みる)――流れる水は揺れ動いて光を乱反射するため、人の姿を映すことはできない。だが、静止した水は鏡のように、あるがままの人の姿を映し出す。どのような事態、環境下にあっても、じたばたとせず、止水のようにじっとして澄んだ気持ちでいれば、事態をきちんとみつめ、正しく判断ができる。超越した道を歩み、自由に生きることを説いた中国の古典『荘子』にある言葉だ。もう一つの言葉と合わせ、「明鏡止水」とする熟語がよく知られている。
40代を貫く改革の言い出し役。その基本は、この「明鏡止水」にある。04年7月から4年余り、日本経団連の企業行動委員会の社会的責任経営部会の部会長を務めた。文化施設の建設など「箱物」での貢献ばかりではなく、高額なオペラや著名な美術展のような「見せ物」だけでもなく、地域や社会の基盤に貢献できる活動に企業がどう参集するか。部会のメンバーが「あれだけ真剣に議論する人は、珍しい」と驚いたほど、本気で論議を重ねた。これも、「止水」を眺めれば、当然だった。
06年6月、総務部門を離れて、経理・IR(投資家向け企業説明)担当の常務となる。このとき、総務部から一人も経理・IR部門に連れていかない。企業でも役所でも、幹部になると、気心の知れた部下を自部門に異動させ、手足に使う例が多い。でも、そんな発想はない。半年に一度、担当部門の100人近く全員を夕食に誘った。もちろん、身銭を切る。いろいろ話を聞くためだ。年々増えている途中入社組には「住友精神」を説明し、「一度、発祥の地の愛媛に行って、その香りをかいできてほしい」とも語りかけた。
実は、IR担当になって、英会話の勉強に拍車をかけた。毎年、欧米へ出張し、機関投資家を相手にIR活動をする。そこで英語で説明するためだけでなく、相手の質問をきちんと理解できるようにしたかった。経済人でも指折りの英語使いである米倉弘昌社長(現会長)にはとても及ばなくても、グローバル化の時代には避けて通れない。水に映った自分をみて、そう確信していた。
この11月8日、アラビア半島西岸のラービグにある巨大石油化学コンビナートで、完成を祝う式典があった。サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコとの共同事業で、合意してから5年半、いまの第1期分だけで1兆円が投じられた。すべて、米倉さんのリーダーシップで実現した。だから、式典の最前列にいる米倉さんには、万感の思いがあって当然だ。だが、脇のほうにいた自分にも、また別の感慨があった。
米倉さんとは違って、海外勤務の経験はなく、石化製品の営業をしたこともない。長い間、本社で守りの部署にいて「会社のあるべき姿」を模索し続ける黒衣だった。そんな自分に、米倉さんは、住友化学の次の進路を委ねてくれた。そう思うと、あらためて身が引き締まる。
前夜、サウジ西部のジッダで、日本側の式典出席者を中心にレセプションを開いた。コンビナートの建設に携わった多数の企業、金融機関のトップ以下が集まってくれた。鳩山首相の特使である岩國哲人氏、福田康夫・元首相、河野洋平・前衆院議長らもお祝いにきてくれた。そんな人たちを前に、世界経済の厳しい現状を指摘しながら、宣言した。
「明日は、いよいよ新しいページを開く。さらなる発展を目指します」
目は、じっと、前をみていた。次は、どんな姿を水に映すのか。