クラシック音楽の中で進んだ和音の探求

みなさんは、いわゆるクラシック音楽が、いつごろ作られた楽曲を指すかご存じですか?

じつは、その範囲は意外に狭く、18世紀半ばにバッハの『平均律クラヴィーア曲集』が完成してから20世紀初頭までの、わずか150年ほどの比較的短い期間に、しかも西洋社会で作られた曲たちに限って、こんにちの私たちは「クラシック音楽」と総称しているのです。音楽の長い歴史と多様性から考えれば、クラシック音楽がごく限られた範囲にすぎないことがわかります。

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楽器の進化に合わせ、作曲家たちが腕を競うように新曲を書くようになった(※写真はイメージです)

クラシック音楽時代の特徴として、ラモーによる和声学の確立に代表されるように、音楽理論が飛躍的に整理されると同時に、楽器自体が目覚ましい進化をとげたことが挙げられます。楽器が進化するということは、すなわち音が安定し、音域が広がり、演奏技術が豊かになる、といったことを促します。

また、楽器が進化するにつれて、合奏用としてオーケストラに迎え入れられるようにもなります。当初は室内楽の編成のように小規模な、あるいは少数の楽器による合奏だったのが、楽器の数が増えることで、オーケストラを構成する人数が増加していきます。

その大所帯に演奏してもらおうと、こんどは作曲家たちが腕を競うように次々と新しい交響曲を発表していきます。さらには、当時の、腕に覚えのある演奏家たちが自身の技術を際立たせるために、あえてテクニックをひけらかすかのような難解な曲を書いていくようになったのです。ピアノでいえばショパンやリスト、バイオリンならパガニーニなどが、その代表格でしょう。

和音の常識を壊したくなった音楽家たち

さてこの時代、新しい和声学や新しい楽器のために、多くの作曲家たちが無数の曲を書いていきますが、やがて時の経過とともにパターンが定着してくると、慣れ親しみすぎた和声法と和音を使うことに徐々に辟易へきえきするようになっていきます。

そのような雰囲気のなかで19世紀には、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』や、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」などに代表されるように、「不協和音をわざと入れてやれ!」とばかりに和声学を無視した曲構成が展開しはじめます。