「担保提供の魔術師」が魅せる話術

Aさんはアパートを3棟持っている大家さんです。70歳くらいだと思います。一方のBさんは不動産屋です。高級住宅街の駅前で昔からやっている、いわゆる地場の不動産屋。地主の人たちからアパートやマンションの管理を任されています。

Bさんは、Aさんの持っているアパート1棟を担保として、ぼくにお金を借りに来ました。繰り返しますが、担保不動産の所有者はAさん、お金を借りるのはBさんです。

いったいなんで、自分の不動産を他人の借金のカタにするのか。ちっとも理解できません。

Aさんが何か弱みを握られているのか。

「今度、私が手がける事業がうまくいけば、すごく儲かるんだけど、ちょっとだけ資金が足りないんだ。協力してくれない? お礼はたんまり」

Bさんの素晴らしい話術に、実は欲深いAさんが乗ってしまって担保を提供してしまうのか。いずれにしても、Bさんは特殊能力を備えているんだと思います。ぼくはBさんのこと、「担保提供の魔術師」と呼んでいます。

さすがAさんのような優良資産家が持っている不動産だけあって、権利関係はとてもきれい。ぼくが1番抵当を取れるんです。

「借りる金額はAさんに内緒にして」

トントン拍子に進む契約。それは突然のことでした。

「Aさん、ではあなたのアパートに1000万円の抵当権を設定しますので……」
「ああああああ、テツクルさん! そうそう! あれ!」
「は? Bさん、何なの?」
「あれ、えっとですね、あれ! ちょっといいですか!」

Bさんに部屋の外に連れ出されるぼく。部屋に取り残されるAさん。

「……ええとですね、すいません、わたしが借りる額のこと、Aさんに内緒にしてもらえます? ほら、1000万借りるとか言っちゃうと断られちゃうんで」
「は? 無理だよ、そんなの。ちゃんとAさんにもサインしてもらう書類あるんだから」
「そこをなんとか、なにとぞなにとぞ……」
「はー? 無理無理無理」

押し問答をしながら部屋に戻ると、不審げにこちらを見るAさん。

「あ! 大丈夫! 全然大丈夫!」

Bさんが汗だくでAさんに言い訳をします。

「えーっと、じゃあもう一度説明しますね。Aさんが担保提供するアパートに1000万の……」
「おおおおっと、テツクルさん! なんか冷房弱くないですか! 汗止まらなくて!」
「いいですけど……というか声大きいすよ。聞こえるから」
「ああっと! ごめんごめん! 電話かかってきた! ちょっと待ってて!」