日本の化学産業が持つべき将来ビジョンとは
また、日本の化学メーカーは、高付加価値部材を日本のセットメーカー(自動車メーカーや電機メーカーなど)に供給しつつも、サプライチェーンのなかで主導権をセットメーカーに握られることが多かった。そのうえ、最近では、日本のセットメーカーの国際競争力自体が、(1)コストが安価な他のアジア諸国でも高品質の製品が作られるようになった、(2)必ずしも高品質な製品ばかりが求められる状況ではなくなってきた、(3)まず国内生産からスタートし、その後に海外展開を図ってきたわが国のセットメーカーが、当初から新興国市場ニーズを反映した商品開発を進めてきた海外のセットメーカーに出遅れるケースが目立ち始めた、(4)標準化やビジネスモデルなどで欧米企業に先行されている、などの理由で低下しつつある。化学産業がリーディング・インダストリーとなるためには、サプライチェーンのなかでの主導権を確保し、高付加価値化の果実を収益化するという課題を達成しなければならない。
日本の化学産業がこれらの課題をクリアし、リーディング・インダストリーとなるためには、どのような将来ビジョンを持つべきか。この問題に正面から切り込んだ研究会が、経済産業省製造産業局化学課を事務局として、開催された。昨年11月から今年4月にかけて会合がもたれた「化学ビジョン研究会」(座長:橋本和仁東京大学大学院工学系研究科教授)が、それである。筆者(橘川)は、同研究会の委員とともに、同委員会のもとに設けられた石油化学サブワーキンググループの座長もつとめた。以下では、化学ビジョン研究会の報告書の内容を紹介しつつ、日本の化学産業の将来展望について考察したい(前述した日本のセットメーカーの国際競争力低下に関する要因分析も、化学ビジョン研究会報告書に盛り込まれている内容である)。
なお、この化学ビジョン研究会は、昨年9月の政権交代以来、きわめて早い時期に開催された産業単位の競争力向上をめざす審議会として、注目される存在であった。産業横断的に競争力向上策を検討する産業構造審議会の産業競争力部会がスタートしたのは、今年2月のことであり、化学ビジョン研究会はそれに先行するものだったのである。
化学ビジョン研究会報告書は、日本の化学産業が進むべき方向軸として、左図のような四軸を打ち出した。
第一の軸は、新興国のボリュームゾーンの攻略、石油化学等の原料国立地、石油化学誘導品等の消費国立地などからなる「国際展開」である。これらのうち、ボリュームゾーンの攻略は、海外展開する際に、先進国のハイエンド市場ばかりでなく、コスト削減を進めて、急伸する新興国のボリュームゾーンをもターゲットにするということである。石油化学等の原料国立地については住友化学のラービグプロジェクト(サウジアラビア)、石油化学誘導品等の消費国立地については三井化学・出光興産のニソンプロジェクト(ベトナム)という、先行事例がある。
第二の軸は、システム化・ソリューション志向、素材から部材へ・部材から消費財へ、1・3次産業への展開などからなる「高付加価値化」である。これらのうち、システム化・ソリューション志向、素材から部材へ・部材から消費財へ、などの項目は、化学産業がサプライチェーンのなかで主導権を確保することと、深く関連している。また、1・3次産業への展開は、バイオリファイナリーの実用化などの、化石資源からの脱却につながるものである。