ラグビー日本代表には海外出身の選手もいる

チームのメンバーが多国籍であるのも、ラグビーの大きな特徴だ。

もちろん、サッカーでも野球でも外国人選手がチームにいて活躍しているが、ラグビーは国を代表するナショナルチームにも、一定の代表資格(エリジビリティ)を満たした海外出身の選手たちがいる。エリジビリティについては後で詳しく解説するが、自分とはまったく違う環境や文化のなかで育った人を受け入れていっしょにプレーするのも、ラグビーの素晴らしさだ。

僕自身の経験でも、2015年のワールドカップにいっしょに参加した選手たちとはいい関係を築くことができた。

彼らのなかには、オーストラリアやニュージーランドといったラグビー伝統国出身の選手たちもいれば、トンガ、サモアやフィリピンといった国にルーツを持つ選手もいた。本当に多国籍だった。しかし、なにより彼らは日本が大好きだったし、ワールドカップがどういう大会であるかを日本人の僕たち以上に深く理解していた。

僕にとっては、この大会が初めてのワールドカップだったので、どれほどすごい大会なのか理解していなかったが、彼らのワールドカップにかける思いに触れるたびに、大会の凄さを僕自身が感じたいと思うようになった。そうした相乗効果が生まれたことも、僕たちが好成績を残すことができた要因のひとつだろう。

ラグビーで身に付いた思いやりは社会の中でも生きる

こうした経験を積んだラグビー選手の多くは、現実の社会に出ても、人に対してバリアを張ることなく、個性を認め合い、たとえば「この人のこういう良さを自分に引き入れれば、自分ももっと良くなるのでは」と考えるようになる。だから、ラグビーは社会的にも意義のあるスポーツだと言えるだろう。

廣瀬俊朗『ラグビー知的観戦のすすめ』(角川新書)

スポーツの社会的な価値を考えると、さまざまな人に喜んでもらうことであったり、子どもたちから憧れられる選手になったりすることが、単純な勝敗よりも大きくなる。

もちろん、選手としてプレーする以上は、相手がどんなチームであれ絶対に勝つつもりで試合に臨む。しかし、では試合の勝ち負けを僕たち選手が完全にコントロールできるかと言えば、必ずしもそうとは限らない。だから、自分でコントロールできない勝ち負けにこだわり過ぎると、チームのあり方もあまり健全とは言えなくなる。

ラグビーが単なる勝ち負けだけを争うスポーツであれば、これほど多くの人が観戦に訪れることはないのではないか。

選手たちが持てる力をすべて試合で出し切る様子や、勝敗を超越してお互いをリスペクトする態度が価値あるものとして受け取ってもらえるからこそ、ラグビーは、たとえ負けた試合であっても、人の心を打ち、見た人から「良い試合だったね」と言ってもらえる何かを生み出すことができるのだ。

それが、ラグビーという競技が持つ価値なのである。

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