負けた選手が笑顔で「おめでとう」と握手した

そうした大きな感動と喜びのなかで、試合直後にピッチ上に現れた光景を見て、僕は改めてラグビーという競技の素晴らしさ、価値を再認識した。

負けた南アフリカの選手たちが、悔しさを押し殺して、笑顔で日本の選手たちに手を差し出し、握手をして「おめでとう」と言っているのだ。

僕も、グラウンドのみんなに駆け寄ったとき、南アフリカの選手たちと握手をすることができた。

彼らにしてみれば、ここで日本に負けることなどまったく考えていなかっただろうし、ものすごく悔しかったはずだ。それでも、自分たちで集まって敗因を分析したり反省したりする前に、まず勝った日本代表を敬ってくれた。

日本の選手たちは、長い強化の末に手に入れた大金星だったので、とにかく勝利を喜ぼうという気持ちでいっぱいだったが、そういう状況でも、南アフリカの選手たちは僕たちをリスペクトすることを忘れていなかった。

それが何よりもうれしかった。

同時に、その光景は、南アフリカというラグビー伝統国を代表する選手たちの懐の深さを僕に改めて認識させてくれた。

僕は、彼らが築いてきたもの、背負っているものの大きさをその場で感じ取って、僕たちはまだたった1回勝っただけなんだ、と考え直した。

南アフリカ代表のなかには、当時サントリーサンゴリアスでプレーしていたスカルク・バーガー選手やフーリー・デュプレア選手がいた。彼らはチームメイトの小野晃征選手をはじめ、ジャパンラグビートップリーグでいつも対戦する日本代表の選手たちをよく知っていた。僕も、彼らをよく知っていた。だから、彼らの顔を見た瞬間に、大きな喜びの渦中にいながら、ふと素に戻って、そういうことを考えられたのかもしれない。

本当にラグビーは素晴らしい、こんな素晴らしいスポーツはなかなかない——僕は、そんな感慨にふけっていた。

尊敬し合う相手と本気で戦うことに面白さがある

ラグビーでは、同じチームで毎日いっしょに汗を流している仲間と、お互いに国を背負って戦うことがしばしば起こる。

これは、お互いにとって大きな喜びだ。

もちろん、試合が始まれば相手の選手が日本ではチームメイトだろうが、元チームメイトだろうが、そんな余計なことを考えずにチームのために力を出しきってプレーする。

それでも、試合が終わればお互いに健闘をたたえ合うし、試合前に顔を合わせるようなことがあれば、「今日は楽しみだね」といった話もする。

つまり、普段からリスペクトし、認め合っている人間と、国を背負って本気で戦うところに、ラグビーのテストマッチの面白さと奥深さがある。

お互いに尊敬し合っているからこそ、手を抜かずにいいプレーをしたい。それが、僕たちピッチに立っている人間の気持ちなのである。