いたずらだと思うんだけど……

地図が示しているのは、長野県大町市山中の具体的な場所だ。

しかしなぜ、龍彦ちゃんだけなのか。「誰かが起こして、煙にしようとしている」とは何を意味しているのか。消印翌日に当たる「2月17日の夜」も、何を指すのかわからない。

「いたずらだと思うんですけど……。何か気になって」

江川さんもしきりに首を傾げていた。

「とにかく長野県警が捜索することになったんで、お伝えしておきます。いたずらだと思うんだけど……」
「何かあったら、すぐ記事にするよ。その態勢だけは整えておく」

私は、そう返すしかなかった。

神奈川県警は2月21日、長野県警の協力を得て、地図に示された場所の捜索を行った。しかし、現場には雪が60センチも積もっていて、捜索は難航。45人体制で、積雪を搔き分けて地面を掘り起こしたが、何の手がかりも得られないまま、捜索はわずか半日で打ち切られてしまう。いまひとつ真剣さに欠けたのは、両県警にも「いたずらだろう」という思いがあったのかもしれない。

麻原彰晃が認めた男

前年の1989(平成元)年11月3日の深夜、オウム真理教の岡崎一明、早川紀代秀、新實智光、中川智正、端本悟の各元死刑囚と故・村井秀夫幹部の6人が、横浜市磯子区の坂本弁護士の自宅アパートに侵入した。

寝ている3人をその場で殺害したのち、布団にくるんで運び出し、別々の山中に埋めてしまう。都子さんの「子どもだけは……お願い……」という最期の懇願も、教祖・麻原彰晃から「家族ともども殺るしかない」と指示を受けていた信徒たちには通じなかった。

後述するように、当初からオウム真理教による犯行が疑われたが、解決の糸口もつかめないまま、早くも3カ月が過ぎていた。

手紙の送り主は、犯行グループの一人、岡崎一明だったことが、のちに明らかになる。岡崎は麻原教祖の側近中の側近で、専用リムジンも運転していた古参信徒だ。麻原から修行の成就者と認められ、麻原の「尊師」に次ぐ「大師」の地位を、教団で二番目に得ている。ちなみに一人目の「大師」は、麻原の愛人の一人で、教団が省庁制を採用したのち大蔵省大臣となった女性信徒だ。