そんなとき、義理のお母様が奥様に「あなたね、夫だと思うから腹が立つのよ、看護師長になったつもりになりなさい」とおっしゃった。それで「そうか」と思って、奥様は、看護師長になったつもりで「お薬は飲んでください」といったり「私は師長なんだから、いうことを聞きなさい」とやったら、心が晴れたというんですね。

「だったら私の場合は、父の秘書だと思えば腹も立たないかもしれないわ」と考えました。父だと思うから「娘の私がやったことに感謝してほしい」と思って腹が立つ。そこで「ビール、今日は買い忘れました。申し訳ございませんでした」なんていいながら受け流したら、少し楽になりました(笑)。

1年以上かかった現状の受けいれ

日本人はやはり何のかんのいっても真面目なんだと思います。子どもは育ててもらった恩義があるから「あれをやっておいてあげればよかったと、悔いが残ることだけは絶対にしたくない」という人が多い。でも完璧にやろうとすると、やはりどこかで無理が生じるし、その無理は自分の体力と精神力だけじゃなく、周りにもいろんなマイナスの影響を与えかねません。

介護する人は、とにかく自分を追い詰めないことが大事です。どこかで気を抜いたり、手を抜いたりする、ちょっと「ズルをする」という感覚があるほうが、案外いい気がします。

私は母から「明日、朝から来てほしいんだけど」といわれたら、「うーん、仕事で行けないわ」といいつつゴルフに行くことがあります。真面目にやろうとしたら、「来てほしい」といわれれば、楽しみにしていたゴルフをキャンセルしなければいけません。それなのに呼んだことを忘れて、「あら、あなた何しに来たの」といわれたら、腹が立つに決まっています。だからズルをしてでも、ゴルフに行くのです。

でも「ズルをしているな」という後ろめたさがあるから、父にも母にも優しくなれる面もあります。父があまりにもガンガン理不尽なことや文句をいい続けたときは、頭にきて預かっていた父のデパートの家族カードで自分のブラジャーを買ってやったんです。あれは心の底からスカーッとしましたし、「ちょっと悪かったかな」と思って父に優しく接することができるようにもなりました。

認知症であることに、最初に気づくのは本人なんだと思います。そして「さっき覚えていたことがどうしても思い出せない」という状態に陥って、本人が一番イライラする。家族は家族で、そういうことが始まったばかりの親を見ると衝撃が大きい。子どもにとっては「ちゃんとした母」という姿が幻想としてありますから、「壊れちゃう母」の姿は見たくないんです。介護する側、される側のイライラやストレスがピークになる時期でもあるんですね。