日本はこれからどんな社会を目指していくべきなのか。リトマス試験紙となるのが、スーパーで働く勤続10年のシングルマザーが投げかけた、「昨日入ってきた高校生の女の子となんでほとんど同じ時給なのか」という問いだ。社会学者の小熊英二氏が解説する——。

※本稿は、小熊英二『日本社会のしくみ』(講談社現代新書)の終章「『社会のしくみ』と『正義』のありか」の一部を再編集したものです。

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もっとも重要なのは、昇進・採用の透明性の向上

社会は変えることができる。それでは、日本の「しくみ」は、どういう方向に変えるべきだろうか。

本書は政策提言書ではない。具体的な政策については、筆者がここで細部に分け入るより、社会保障や教育、労働などの専門家が議論することが望ましい。ここでは、どういう改革を行なうにしても、共通して必要と考えられる最低限のことだけを指摘したい。

もっとも重要なことは、透明性の向上である。この点は、日本の労働者にとって不満の種であると同時に、日本企業が他国の人材を活用していくうえでも改善が欠かせない。

具体的には、採用や昇進、人事異動や査定などは、結果だけでなく、基準や過程を明確に公表し、選考過程を少なくとも当人には通知することだ。これを社内/社外の公募制とくみあわせればより効果的だろう。まず官庁から職務の公募制を実施するのも一案だ。

求めたのは「職務の平等」より「社員の平等」

こうした透明性や公開性が確保されれば、横断的な労働市場、男女の平等、大学院進学率の向上などは、おのずと改善されやすくなると考える。それはなぜか。

これまでこうした諸点が改善されにくかったのは、勤続年数や「努力」を評価対象とする賃金体系と相性が悪かったためだ。近年では勤続年数重視の傾向が低下しているが、それでも上記の諸点が改善されないのは、採用や査定などに、いまだ不透明な基準が多いことが一因である。それを考えるなら、透明性と公開性を向上させれば、男女平等や横断的労働市場を阻害していた要因は、除去されやすくなるだろう。

過去の改革が失敗したのは、透明性や公開性を向上させないまま、職務給や「成果主義」を導入しようとしたからである。しかもその動機の多くは、年功賃金や長期雇用のコストを減らすという、経営側の短期的視点であった。そうした改革は、労働者の合意を得られず、士気低下などを招いて挫折することが多かった。

透明性を高めずに、年功賃金や長期雇用を廃止することはできない。なぜならこれらの慣行は、経営の裁量を抑えるルールとして、労働者側が達成したものだったからである。日本の労働者たちは、職務の明確化や人事の透明化による「職務の平等」を求めなかった代わりに、長期雇用や年功賃金による「社員の平等」を求めた。そこでは昇進・採用などにおける不透明さは、長期雇用や年功賃金のルールが守られている代償として、いわば取引として容認されていたのだ。