物覚えがよくなる、うつ傾向が改善する人も
「最近の目と脳の関連に注目した研究では白内障による視力の低下が、認知症にも関連しているらしいことがわかってきました。脳に送られる情報の約80%が目を通して入ってくるといわれます。その通り道である水晶体が十二分に役割を果たせないと脳の認知機能が低下する可能性は十分考えられるわけです」
こう話すのは、松本眼科角膜センターの加治優一医師。そもそものきっかけは、筑波大学と自治医科大学、群馬大学と共同で行ったアルツハイマー病とアミロイドβというタンパク質の研究だった。認知症を引き起こす原因の約6割を占めるというアルツハイマー病では、脳内にアミロイドβが蓄積するが、これと同じように白内障の濁りのなかにもたまることがわかった。
そこから加治医師らは「白内障の手術をすることで認知症が改善するのではないか」との仮説を導き出したという。白内障は加齢などによって目のレンズである水晶体が濁る病気で、目の前の物がかすむとか、二重に見えるといった自覚症状がある。早い人なら40代から見受けられ、50代になると約半数の人が発症し、80代ではほぼ100%というデータもある。手術は、いたってシンプルで、濁った水晶体を取り除き、そこに眼内レンズを挿入するのだが、濁りが取り去られることで見えづらさは劇的に解消する。
「確かに表情が豊かになり、動作も生き生きとしてくる人が多いのです。新たに趣味を持ちはじめたという人たちもいました。それだけでなく、手術をした後に、物覚えがよくなったという声も聞きますし、うつ傾向が改善しているようだといったことも報告されています」(加治医師)
「脳そのものが喜んでいる感じ」
目は人間が光を受容して脳に伝達する唯一の器官だ。外から入る光が水晶体によって屈折し、網膜に像を映す。そこで電気信号に変換された視覚情報はまず、脳の後頭葉・視覚野に達し、色、形などを処理する。その後、記憶、言語の理解などをつかさどる側頭葉、空間の知覚などを行う頭頂葉に分かれ、これが再度、前頭葉で統合されて、「映像」として認識される。
白内障の手術がうまくいって周囲がはっきり見えるということは、それだけ脳にいく情報量が増えたことを意味する。加治医師らは1年ほど前に、脳の血流を測る光トポグラフィーを用いた「白内障手術後の脳血流変化の測定」を実施した。すると、後頭葉だけでなく前頭葉の血流も増加しているという実験結果を得たのだ。