村上さんは銀行や債権者の説得に奔走、金融機関も債権放棄などで協力した。その結果、建設会社は特別清算し、新会社を立ち上げる形で再建した。その後は合理的な経営手法を導入して、今では財務内容がピカピカの会社になったそうだ。

地域の職能集団を支援するコミュニティローン

第一勧業信用組合は、地域の職能集団を支援するコミュニティローンの一環として、「芸者さんローン」を手がけている。「2015年に東京・浅草のある芸者さんに融資したのが、きっかけでした」と新田さんは振り返る。その芸者さんは40歳で、地元の浅草でバーを開業しようとしたが、ほかのどの金融機関も融資に応じなかったという。

「聞けば東京の花街では、知らぬ者がいない売れっ子の芸者さんでした。しかも、『浅草は夜8時以降に飲める店が少ないから、私が盛り上げたい』という出店の理由もいい。江戸っ子の心意気を感じました。得意客も大勢いるので、店は流行るに違いないと、当組合が融資をさせていただきました」

新田さんは、「有望な経営者を見出して、ほかの人とマッチングし、自分も成長する。それがバンカーとしての喜びですね」と力を込める。ほかの金融機関やベンチャーキャピタルなども、思いは同じ。今後はますます、「社長の器」が融資を左右する決め手になりそうだ。「宝石の原石」と融資担当者に思われるように、経営者としての資質や実力に常日頃から磨きをかけておきたいものである。

(写真=iStock.com)
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