※本稿は、石川伸一『「食べること」の進化史』(光文社新書)の第2章「『未来の身体』はどうなるか ―食と身体の進化論―」の一部を再編集したものです。
体重はコントロールできるのか
人がものを食べるという行為は、自己の意思に基づいた行動だと考える人も多いかもしれません。そのため、自分の意思で食べるものを決め、体重をコントロールできると考えがちです。しかし、ヒトには「食欲コントロール回路」が備わっているため、体重を大幅に減らしたり、それを維持しようとすることは、なかなか“手ごわい”のが実際です。
意識的に食事に気をつけたり、運動をしたりすることで、適正な体重を維持したり、急激に減量したりすることは可能です。しかし、大幅に減らした体重を長期的に維持するのは、容易なことではありません。身体から脂肪を除去すると、熱消費が抑えられ、さらに食欲は増大するからです。身体の脂肪を減らさないように基礎代謝が抑えられ、燃費が良くなるとともに、食べものを強く欲して脂肪を溜め込むように、身体が必死に飢えに対して抵抗するのです。
「趣味ダイエット、特技リバウンド」になるのは当然
人間が食欲を制御するシステムは、他の哺乳類と基本的に変わらないものです。私たちが経験する無意識的な食欲と基本的に同じものを、マウスや猿も感じています。人間はこのような無意識の食欲を、他の動物よりもやや意識的にコントロールできるとはいえ、基本的に他の哺乳類と同じような信号で制御されています。
自分の体重を減らそうと思ったときに理解すべきことのひとつは、進化の過程を通じて、人類が無制限に食べものを得られたことなどほとんどなかったという事実です。さらに、人類の歴史の大半の時間を、私たちは狩猟採集民として暮らし、日々の労働に大量の熱量を消費してきました。
食料が少なく、運動量が多いという人類の歴史を考えれば、私たち人間が、体重、そして食欲を最適レベルに設定できる生物学的なコントロールシステムを搭載していることは、とても理にかなっています。体重が減りすぎたり、食欲が落ちすぎると、飢饉が長引いたときに餓死する危険性が高くなります。逆に、体重が多すぎたり、食欲が旺盛(おうせい)すぎると、動きやすさや健康などに支障が出てきます。
すなわち、現代に生きる私たちが、体重を大幅に落としてそれを維持しようとするとき、その努力は、数百万年積み重ねてきた人類の進化の選択圧にあらがうことにほかなりません。「趣味ダイエット、特技リバウンド」といった現象は、人類の進化からみれば、ごく当然のことだといえます。