そして選挙まで2カ月くらいに迫って最終的に、このアナウンサーは「立候補しない」と維新執行部に連絡してきた。こんなギリギリになってのすっぽかしである。選挙の責任者である馬場さんは、僕の言を信じて、他の候補者を準備していなかった。馬場さんは責任者として大阪維新の会内部で針のムシロ状態となった。これは馬場さんには申し訳なかった。

この状況で急遽、大阪府議の身分を捨てて立候補したのが、永藤さんだった。今回の永藤さんの当選を受けて、記者会見で馬場さんが涙したのは、このような経緯も背景となっていた。

このように2013年、2017年と、僕が2009年に全面支援して当選させた竹山修身氏に大阪維新の会は破れ続け、そのことが維新批判、都構想批判の支柱となっていた。2019年になって、ようやく大阪維新の会が勝利した。松井さんと吉村さんの実績が評価され、府と市が一体となる大阪都構想の意味合いが、少しずつ堺市民に浸透してきた結果であろう。

大阪府と大阪市は一体となって、著しい成果を上げてきた。堺市も大阪府と一体となるべきではないか、大阪市と一体となるべきではないか、堺市だけが孤立していては衰退あるのみではないか。堺市民は徐々にそのように感じてきたのであろうが、それは全て松井さんと吉村さんの実績による。僕のときには、まだ口だけで訴えるしかなかった。それでは有権者は支持してくれない。

僕が竹山堺市長を誕生させたことの尻拭いを大阪維新の会が完了するのに10年もかかってしまった。これが民主政治における物事の進み方の現実なのであろう。学者やインテリたちのように理想を語るだけの世界とは全く異なる。現実の世を動かそうと思えば莫大なエネルギーと時間が必要になり、その中心は「実績」「実行力」だ。野党国会議員は、そこを肝に銘じるべきだ。国会議員同士の離合集散でチャチャっと世の中が動くなんて、そんな甘いものじゃない。

(略)

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※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.155(6月11日配信)を一部抜粋し、加筆修正したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【決定!大阪万博(3)】ついに維新候補・永藤氏が当選! 堺市長選挙が大阪維新の会の原点だった》特集です。